As You Like,As I Like




空気の入れ替えだけはされているらしいそう広くもない室内は、ほとんど個性のない匂いがした。
それがこういった場所のある意味個性だ。室内の装飾を必要以上に凝ったところで、それを楽しむ為だけに訪れる人間などいないだろう。
それは俺達にも言えることだ。
場所が近づくにつれどちらからともなく口数は減って、組んだ腕と感じる体温だけで相手を察して。
部屋のドアを開ける。
すぐ見えるベッドにちらりと視線をやったのは、内装を見る為なんかじゃまるでない。
シャワールームへ先にどうぞとおどけたように背中を押されてキスを一つ。
入れ違いに済ませて戻ってきた彼女の濡れた髪を気遣う間もなく、僅かにでも触れてしまえば後はもう昂った熱を抑えられなかった。

肌の感触、詰める息、交わす視線、絡まる指先。
行為を交わす二人だけに感じる、むせ返る匂いにクラクラする。

モブリット、と囁くように求める声に耳を侵され、もう彼女の音しか聞こえなくなる。
普段どんな仕事をしていようが、どんな体面を保っていようが、どういう経緯で入ろうが、ここはそれが許される場所だ。

「……どうしました?」

小気味良いリズムで上下に跳ねさせていた彼女が、ふと意識を逸らしたのを感じて、俺は伸ばした腕で髪を引いた。
大きめのクッション枕を背中に入れて寝転がる俺の上で、気づいた彼女が生理的にか濡れた視線を戻してくれる。

「ん、なんか、さ……ここってすごい部屋だよねって思って」
「すごい?」
「こういうこと、する為だけの部屋なんだなあって」

今更感心したように呟いて動きを止めた彼女が、ぐるりと視線を室内に向ける。
内装や外観で選んだわけではない一角のホテルは、たまたま落ち合った場所に近かっただけで、特に今をときめく趣向の凝らされた部屋ではない。
玄関、ベッド、小さなソファと小さなテーブル。シャワールームと、シェードランプにパネル型のライトスイッチ。
むやみに清潔を匂わせる白い壁面の横に、黒い縁取りの丸鏡がついている。
彼女が室内を見回す間に、そこに映る彼女の肢体を盗み見る。
二人とも一糸纏わぬ姿で存分に絡んで、最後のリードを奪った彼女が俺の上に乗っている。わざわざ横を見ない彼女が自分の姿の映る鏡を見ないことはわかっていて、チラチラと目の端で揺れる横顔も堪能できるいい配置だなと実は少し思っていた。

「こういうコト、ですか」
「うん、こういうコト」

髪から離した手で膝を撫でて促すと、ふっと妖艶に笑った彼女が上下に、それから前後に腰を揺らした。
ベッドマットは厚いから、スプリングの音がよくわかる。

「……ふ、あ、いろんな理由の男女がさ、声も、においも、音も、場所も、汚れる――ンッ、こと、も、気にしないで、こういうこ、と、する為だけに、用意された部屋、ぁ、なんだなって」
「そう、ですね」

場所を探りながら途切れ途切れに話す彼女を下から眺める。
眉を寄せて目を閉じて、胸についた手の指が無意識に上で動いている。

「設備も――、すごく、その為だけに最適化されてて、さ、ッ」
「全面鏡張りじゃありませんけど」
「ふっ、変態か――あっ、ん、こら、今日は動いちゃダメって言ったろ」

綺麗だなと可愛いなという感情の発露で、つい下から突き上げるように動いたら、すかさずダメ出しをされてしまった。
室内に気を取られて疎かになっているというほどではなかったが、本当はもう少し激しくして欲しいのだ。
何故ならあとほんの一押しだから。
何度も絶妙な煽られ具合で動きを緩める彼女の手法に、約束なんかかなぐり捨てて、思い切り後ろから突き上げたいという欲望はある。けれど狡い女の顔をする彼女に、上から見下ろされる快感にも屈服したい。
矛盾する想いに疼く繋がりをそれでも小さく揺らしてみると、小さく喘いだ彼女がコラと笑って、上体を俺に預けてきた。

「今日はあなたは動いちゃダメ。約束したろ? 時間そんなにないんだし守って」

残すところはおそらく30分もない。
入ってからシャワーを除いてずっと裸で纏わりついて、彼女の言う通り、ここは本当にすごい場所だ。
子供に言い聞かせるような言い方をして甘やかす唇は、けれども舌までついてくる。
ずるいひとだ。気持ちいい。

「……延長します?」

ここの時間なら買えばいい。今日は一日空いている。
そうすれば上も下も、他の場所でも出来るのになどと不埒なことを考えた俺に、彼女はこの場に似つかわしくない顔でぶっと噴き出した。
ぐちゃりと音が出るほど濡れた下を繋いでいるくせに、そんなふうに笑うのはずるい。
変わらない笑顔にあてられたらギャップで下半身が痛くなると、きっと気づいていない彼女はかなりひどいものだ。
……変わらない?変わらないって、なんのことだ?
当たり前のように頭に浮かんだ言葉に首を捻る。

初めて会った時に、特別運命めいたものを感じて始まったわけじゃなかった。
着いたり離れたりを繰り返して、少しずつ縮まった距離が同じように心を埋めて、気が付けばなくてはならなくなっていた。――なんて、そんなものはどこにでも転がるありふれた恋人達のなれそめの一つだ。
それでも時折よくわからない感情に突き動かされることがある。
なんてことない言葉に急に愛しさが込み上げたり、別れ際の背中に何かが被って急な焦燥に襲われたり。
別れを感じたことなどないはずなのに、もう会えないかもしれないような、そんな絶望に支配されて無理矢理奪った日もあった。どうしたのと驚きながら、それでも甘やかしてくれた彼女には翌朝頭を上げられなかった。

「延長は」

彼女の手が、俺の胸をトン、と押した。
上半身を立て直した彼女が、ニヤリという表現がぴったりの笑顔で俺を見下ろす。

「しーなーい」
「どうして――ッ、ちょ」

むっと尖らせた唇に指先を当てて押しとどめて、彼女の動きが激しくなった。
擦り上げて落とされて、臍と背中の辺りから、小休止だった快感が驚いたように駆け上がってくる。
太腿を掴む手を思わず強めて見上げた先で、余裕のなさそうな彼女の濃い栗色の髪が、橙のランプに反射して縦横無尽に乱れていた。

「久し振りに時間、できたんだし、……んっ、ちゃんと、手繋いだり、二人で、もっと、デート、したい、なって」

奥歯を噛み締めて、淫らに動いて、そのくせ口から出る少女みたいな青写真には可愛さと艶っぽさが混じっている。
手、と呟いて差し出される甘いおねだりに、いけないことをしている気にすらさせられて思わず指を絡めると、彼女の中がぎゅうっと大きく窄まった。

「っ、――ンジさん」

言いつけ通り動くまいと頑張る腰の代わりに、締め付けられた根元が従順に彼女の中を感じてしまう。

「あ、跳ねた」
「言わなくていいっです、から!」

跳ねもする。
あんた、今自分がどれだけ可愛いか絶対わかってないでしょう。
無自覚は困る。これだからいつも目が離せないんだこの人は。
昔からそうだ。ずっと本当にそうだった。

「もう、ちょっと……?」

潤む瞳で満足げに見下ろされて、俺は正直に頷いた。
へへ、と笑いながら前後に動かすスピードが上がる。

「あなたも、ちゃんと、いい、ですか?」
「ん、うん、いい、すごくいい」

熱に浮かされたように答える彼女が、薄く開いた口でモブリットと俺の名前を呟いた。
そうされれば平凡な名前が急に意味を持ち始めるのも、いつものことだ。
呼ばれたい。もっと。あなたの声で、俺の名前を。
まるで犬だ。主人を見つけた犬の気分だ。
呼ばれたい。目を見て、もっと、笑顔を見せて、一緒にいたい。
やっと会えた。会えたんだ。一緒に。今度こそ最後まで。
時間も人目も、もう余計なことなど考えないで、二人の話をしてもいい世界にいるのだから――。

「あ、くっう!」
「あ――――!!」

目の前が白む程の快感が背筋を一息に駆け抜けて、吐き出した全てに何もかもが白く染まった。
一際高い声を出して反った彼女が、ぐにゃりと俺の上に落ちてくる。
汗で濡れた背中を抱いて、髪を梳き、胸で吐く荒い息が馴染む頃には、もう彼女のことしか見えなくなっていた。


*******


「さて」
「どうしましょうか」

ホテルを出てすぐ、うんっと背伸びをした彼女に苦笑しながら、その背に声を掛ける。
まるで猫のようだ。あれだけ激しく動いても、伸びきらない筋を今を盛りとばかりに伸ばして、軽くストレッチまで始めてくれそうな雰囲気には、つい数分ほど前の妖しさはない。
随分すっきりした顔をして振り向いた彼女は、太陽の光でいつもより色素の薄く見える明るいアンバーの瞳を俺に向けた。

「どうって――」

ぴょんと一歩を詰めて、拗ねたように唇を尖らせる。
まるで子供のように表情が豊かで、見ているこちらの表情筋までついつられて緩んでしまう。

「デートだよデート!」
「手を繋いで?」

ぷくっと膨れた頬をつついて向き合った彼女の両手を取る。
指を絡めて促せば、一瞬驚いたように俺を映す瞳を大きく見開いて、それから嬉しそうにニッと笑った。
俺の上で見せていた顔とはまるで違う。けれどもこの表情がとても好きだ。

「そう」

繋いで、と言った彼女の頭がトンと俺の胸に添う。
今度は大きな犬のようにぐりぐりと豪快に頭を押し付けられて思わず後ろに数歩下がると、笑いながら彼女が横にすっと並んだ。片手は指を絡めて繋いだまま、ゆっくりと二人で歩き出す。
二人で過ごしたあの部屋は、一本道を外れることであっという間に見えなくなった。
手を繋ぐのが初めてでも勿論ないのに、彼女はぶんぶんと大きめに振ってご満悦なようだった。

「このあとは?」
「どこでも」
「行きたい場所とかありますか?」
「特にはないなあ。あ、ホテル以外ね」
「わかってますって」
「とにかく一緒に過ごしたい」

ノープラン。
時間も場所も制約なし。

「……最高ですね」
「でしょう?」

今日はまだ始まったばかりだ。日がな一日彼女の事だけを考えていられる。彼女も俺だけを考えていられる。
他愛ない一日を他愛なく二人で過ごせる他愛ない幸せ。
愛を交わして、手を繋いで、行先は自由に、ずっと二人で。

「最高です」
「だよね!」

二度目の返事に彼女が笑って、俺達はどちらからともなくキスをした。


【END】




現パロ記憶なし転生モブハンで、ただラブホが機能的だねとムードなくいうハンジさんを書きたかっただけだったんですが、いつもの如く甘いのになりました。私の個人的な好みとスキルの問題です。ノープランで遊ぶモブハンはかわういと思う。