1.「はしたない」 「もう、聞いて下さいよ、オーストリアさんっ」 ぷりぷりと頬を膨らませて、ハンガリーがオーストリアを呼び止めた。 何事かと驚きながらも静かな声で「落ち着きなさい」と嗜めるが、彼女の耳には届かなかったらしい。 元々感情表現の豊かな彼女だが、オーストリアの家で暮らすようになってから、あまりこういったことはなくなっていたから、よほどの事なのだろうと思う。 「プロイセンのやつ、ひどいんですよ!」 「プロイセン? 彼がまた何かしたのですか?」 ハンガリーの参戦により、どうにか持ち直すことが出来たものの、シュレジェンは奪われたまま講和条約は締結され、彼の名前はあまり気持ちよく受け入れられるものではない。 そこにきてハンガリーのこの激昂ぶり。 また良からぬ悪さを仕掛けてきたのかと、オーストリアの視線が険しくなった。 「何かしてきた、というわけじゃないんですけど……。でもでも! オーストリアさんの大事なトコロも勝手に奪っちゃうし、信じられない! 人のこと散々『蛮族』だの『クソ女』だの言って、ほんっとデリカシーないんですよね。もー、アイツ本当八つ裂きにして細切れにしてドナウ川に沈めてやりたいっ」 「こら、ハンガリー。はしたないですよ」 次第に過激になってくる物言いに、さしものオーストリアも苦笑せざるを得ない。 しかしここ最近、オーストリアの把握する範囲では特に大きな動きはなかったように思うのだが、ハンガリーはいったい何にこんなに立腹しているのだろう。 「すみません……でも、だって――」 勢いあまって縋るようにオーストリアに身を寄せて、それからハンガリーは近づきすぎた距離に慌てて離れた。それでもやはり言わずにはいられないとばかりに口を開く。 「アイツ、私に夜這いかけるつもりだろうって言うんですよっ」 「夜這い?」 瓢箪から独楽の単語に、オーストリアは耳を疑った。 「あんな奴相手に、そんなことするわけないじゃないですか。ねえ!そんなの寝首掻っ切るとかならありですけどでもでもでもっ!」 言われたことを思い出したのだろう。また勢いづいてきた台詞と同時に、ハンガリーは再びオーストリアとの距離を縮めると、同意を求めるように裾を、くん、と引っ張った。 まさかハンガリーがプロイセン相手に夜這いなどとは、露ほども思わないが、いったいいつ、どんな話題でそんな会話に至ったのか。 オーストリアにはむしろそちらの方が気になるところだ。 彼女の憤りを見るに、そんな生易しい状況ではなかったのだろうが、いずれにしても、だ。 オーストリアの思う感情が、良いものになるはずがない。 「もう、本当に腹の立つ! ……って、オーストリアさん?」 渋面で考え込んでいたオーストリアに気づいて、ハンガリーがトーンを少し落とした。 「あっ、すみません。私ったらつい興奮しちゃって」 オーストリアの無言を、自分の粗野な言動のせいだと受け取った彼女は、罰の悪そうな顔で、しゅんとして後ろに下がった。 「いいえ。貴女の怒りももっともかと。女性への礼儀がなっていない。……そうですね」 「え――オーストリアさん?」 ハンガリーが小首を傾げた。 (プロイセン……本当に礼儀知らずな方ですね) 優雅な動作で見上げるハンガリーの耳を両手で塞ぐと、 「いつか寝首を掻いて差し上げますから待っていなさい」 オーストリアは不思議そうに自分を見るハンガリーに微笑みながら、彼女に届かないくらいの小さな声で物騒な考えを呟いた。 |