4.「貴方の事ですよ」 可憐、キレイ、かわいい、愛らしい、美人、仔猫ちゃん、マイ・スウィート・エンジェル…… 延々と続くフランスの呪文に、オーストリアは眉を顰めた。 顔も口も、これ以上ないくらいどろどろに溶けきっている様子から見て、またどこかの誰かに聞かせるためのものだろうと当たりはついている。だが、このまま午後のコーヒータイムを、フランスの鼻にグリンピースが詰まったような発音で終わらせるのがいやで、オーストリアは仕方なく彼に声をかけた。 「……おやめなさい、フランス。何ですかそれは」 「お。やっと聞いてくれたか! も〜、俺そろそろネタ尽きそうで、辛かったじゃん〜」 「知りませんよ、そんなこと」 まったく尽きそうになかったくせに。 呆れ口調で切り捨てるが、フランスは悪びれもなくははっと爽やかに笑った。 「冷たいなぁ。まあいっか。お前も考えてくれよ、オーストリア」 「だから何をです」 「俺の可愛い女の子たちに捧げる愛の美辞麗句」 オーストリアは辟易とした溜息を隠すことなく零しながら、少し冷めて温くなったコーヒーを一口啜った。 「ご自分でお考えなさい、この御馬鹿。そもそも「女の子たち」とは何ですか「たち」とは。不特定多数の女性に捧げる良い言葉など、あいにく私は持ち合わせておりません」 「やー。気持ちいいほどお堅いねえ、オーストリア。お前のそのストイックなところ、割と好きよ?」 「割と、迷惑です」 即答したオーストリアに、しかしフランスはやはり軽い調子で笑いながら、問題ないというように、隣に椅子を引いてきた。がしっとオーストリアの肩に腕を回す。 「じゃあさ」 耳元で内緒話をするように潜められたフランスの声は、存外に真剣だ。 「特定の女性用でいいから思いつく言葉は?」 「……はい?」 「もー俺マジでピンチなわけよ。今回狙ってるカワイコちゃんがちょっとイイとこのお嬢さんでさ」 思い浮かべているのだろうか。でろっと伸ばした鼻の下が、まさしくいつものフランスで、つい真剣になってしまった自分が馬鹿に思えてきた。 「なんつーの? や、俺もフランス貴族だし場数もあるしテクニック一流だし、そこらへんはいいだけど」 「もう帰って頂けません?」 「いつもの俺流だと微妙に反応が悪いわけ」 オーストリアを完全に無視してフランスは首を傾げている。 「聡明な女性のようですね」 「だからさー、本物のスカした貴族様テクっつーのを、ほんのちょーっと教えてもらいたいなーと思って」 オーストリアの厭味も、恋するフランスには通じないらしい。 「それが人に物を請う態度だと思っている時点で、無理なんじゃないですか? 諦めなさい」 「なーなーなー! 頼むって、オーストリア!」 「…………おやめなさいっ」 がくがくと肩を揺すられて、オーストリアはしぶしぶ折れた。色事でフランスの納得いく答えなど、どうせイギリスくらいにしか導き出せないのは分かっているが、ここで答えてやらねば、明日まで居つきそうな勢いだったので、仕方なく、だ。背に腹は変えられない。 「はいっ。じゃあ、とりあえず好きな子と二人っきりになりましたっ。告白ターイム! さ、どうするオーストリア」 あからさまな渋面で承諾すると、フランスは嬉々とした。 どこかで聞いた台詞でオーストリアに迫る。それにオーストリアは方眉を僅かに上げた。 告白タイムという言い方が軽薄だが、気にしないことにする。気持ちを伝えるのなら、簡単だ。 「好きです、でいいじゃないですか」 「あー、まあシンプルだけどなー。俺っぽくないというか」 「貴方らしい台詞なんて知りませんよ」 「そこを考えてくれよ」 本当に、この人は譲歩と下手に出ることを知らない。 何故物を聞かれている立場の自分が、ふんぞり返っていつの間にか人のカップにまで手を伸ばしているフランス男に、真面目に答えてやらねばならないのか――。 オーストリアは、鼻を鳴らすと、どうでもいいといった風に言った。 「貴方らしく? なら、ジュテームとでも囁いて、抱き締めればいいのでは?」 「おい、それじゃいつもと同じ……」 「一番お得意でしょう? 貴方ですし」 「おいー。だからオーストリア、もっと紳士的にだな」 「お相手の女性がのぼせている隙に、ソファに押し倒すのはおてのものでしょうし。軽い抵抗なら手近なもので拘束するなんて、いつものプレイと変わらないでしょうし」 「誰がだ!」 図星をつかれてか、フランスが乱暴に椅子を蹴って立ち上がる。が、オーストリアは見もせずに、フランスに奪われたコーヒーカップを奪い返した。 「貴方の事ですよ。貴方らしい口説き方を、ということなので、私なりに真剣に考えてみたのですが」 真剣に、という辺りを強調する。 「お前、いったい俺を今までどんな目で……」 「こんな目ですが何か」 蔑みと哀れみを存分に湛えた瞳で、フランスを見上げる。頬をひくつかせたフランスは、最後の反撃とばかりに、ここにはいない女性の名を出してきた。 「……ハンガリーちゃんも物好きだよな」 「見る目があるのでしょう」 しかし至極当然とばかりに、慌てず騒がず流されて、フランスもムキになった。 どっかと横の椅子に座り直すと、鼻息も荒くふんぞり返る。 「俺が女だったら絶対ヤダ」 「おや、割と気が合いますね。私もお断りです」 紳士然として優雅な笑顔を完璧に向けられて、フランスはオーストリアとの方向性の違いを思い知ったのだった。 |