1.「あなたのためのとびきりの」
何物にも染まらない、潔癖で清純な色。 真っ白なドレスやレースのあしらわれたグローブに、憧れが全くないわけじゃない。 けど、今の私にそれらはまったく不似合いで、いつか、と願う気持ちのまま。 それよりも、あの人の今を願っている。だから、今はこれでいい。 「ハンガリー」 いつもどおり、静かに名前を呼ばれて、心が色づくこの位置で。私は私だけの心の純白を、彼の色に染めるのだ。 それでも実際に彼の姿が近づくと、二人の眼下に広がる惨憺たる有様に、ただ誇らしげに胸を張る気持ちにはなれずに、私は戸惑った。 髪に、肩に、軍服に、顔に。 咄嗟に拭ったくらいでは落ちない戦いの余韻が、ありありと見て取れる。それから彼の視線を逸らしたくて、私は自分でも驚くくらい高らかな声で、初戦の勝利を報告していた。 「見てて下さいね、オーストリアさん! 私、これからももっと――」 「ありがとうございます、ハンガリー」 だというのに、彼はその状況を一瞥しただけで、すぐに視線を私に戻してしまった。 ――こんなところまで、彼がわざわざ来ると事前に知ってれば。 せめて顔くらい綺麗に出来たのに。そう思うがもう遅い。彼はこうして私の目の前にいる。 「あ――、はい」 目の前の彼と自分の格好の差異に、急に恥ずかしさがこみ上げてきて、私は真っ直ぐ視線を合わせていられなくなった。自分の軍靴を見つめて、尻すぼみの声で返事をする。 それなのに唇だけは、普段どおりに笑っていられるから不思議だった。 「ハンガリー」 また名前を呼ばれたと思ったら、不意に私の頬に彼の手が添えられた。彼の嵌める手袋の感触に気づいて、私は慌てて後ろへ飛んだ。 「ダ、ダメですっ! 私、今、すごく汚れてて――」 「何故? 貴女は貴女ですよ、ハンガリー」 逃げようとした私の腕を難なく捉えた彼の真っ白な手袋が、私に付いた誰のものか知れない返り血に染まって赤くなる。 「……す、すみません、やっぱり汚してしまいました」 せっかく綺麗な白だったのに。 腕を取られて逃げることも出来ず、申し訳なくてますます俯くと、彼はまた「何故?」と言った。苦笑したのか、私の前髪に吐息がかかって軽く揺れる。 俯きすぎて瞼に熱を感じた私の頭に、彼の手が触れた。 「汚れてなんかいませんよ」 「――ちょっ、オーストリアさ……っ」 さっきよりもずっと優しい声で言いながら、身を捩る私の頭を撫でる彼が、私の心をささくれ立たせる。そんなこと言ったって、もっと汚れることくらい誰でもわかる。 けれど彼は泰然と私に微笑をくれた。 「知っていますか、ハンガリー。白は、そもそも染まる色なんですよ?」 「――へ?」 思い切り抗議しようと上げた視界に彼の微笑が見えて、私は毒気を抜かれてしまった。 気の抜けた返事に、表情は柔らかいまま、彼の視線はまっすぐに私を射抜いていた。 「私を染めるのは貴女以外にありえません。そんな貴女の纏う色に、まさかこの私が否を言うとでも?」 だとしたら心外です、と。 その時だけ珍しいしかめっ面を私に向けて、ぐっと迫る彼の白い手袋は、私が纏った赤を斑に吸い込んで、お世辞にも綺麗だなどとは言えなくなってしまっている。 それでもやはり私の髪をゆっくりと梳き続ける彼は、私で良いと言ってくれるというのか。 だとしたら私は――。 「……でも、それじゃあ、やっぱり。こんな色でだけなんてダメです……」 「ハンガリー?」 「これじゃあ私、血の色だけみたいですし、やっぱりちゃんと綺麗な色に染めたいですし」 私に貴女の白をくれるというのなら、こんな他人だけの色ではなくて。 「今は、その、まだないですけど――あの、でも」 いつか。 「――はい。楽しみにしています」 頬に散った赤を、彼の指に拭われる。 こんな、つまらない赤じゃなく。 いつか。 あなたのためのとびきりの。 なんだか妙に殺伐とした感じになった気がします。が、要約すると『ハンガリーちゃんがオーストリアさんを「私色に染めていいんですねハァハァハァ!」となっている話』です。 |