2.「なくなりますよ/なくなっちゃいますよ」
女性が美にかける思いは、時に計り知れない。 「ハンガリー、本当に良いのですか?」 「いいんですっ」 せっかくの料理を私とイタリアの席にだけ並べて、自分は緑で溢れかえるかのようなボウルサラダのハンガリーが、ぴりぴりとした口調で答える。 「ハ、ハンガリーさん、どこか具合が悪いのですか?」 「あ、イタちゃん、ごめんね。何でもないのよ?」 いつもは優しいハンガリーの様子に、びくりと肩を揺らしたイタリアへは、さっと笑顔を向ける。そう優しく言われると、イタリアはほっとしたように私を見た。 「大丈夫ですよ。さあ、イタリアは遠慮せずお食べなさい」 「はいっ」 いただきますと同時にスプーンを口に挟んだ彼を嗜めたが、ごめんなさいと咀嚼が同時で、どこから注意すればいいのか微妙な感じだ。 イタリアの食事に微笑みながら、いつもどおりを装うハンガリーは、フォークに刺したレタスを口に運んでいる。が、ソーセージやフォカッチャに注がれる熱い視線には鬼気迫るものがある。 「――あれ? オーストリアさんも体調が悪いのですか?」 二人の様子を見つめていた私の手が止まっていることに、最初に気づいたのはイタリアだった。 「いいえ、違いますよ」 彼女のように微笑みこそしないけれど、淡々と事実を述べて、イタリアの心配をなくした。 それからスープを一匙掬う。いつもながら美味。 「美味しいですよ、ハンガリー」 「そうですか。良かったです」 笑顔の裏に黙って食べろという文字が浮かんでいるかのような返し方だ。 料理に罪はないというのに、まるでテーブル上にプロイセンがいるのかと疑うくらいの剣呑な目つきで、私のスプーンの行方を見るのはやめてほしい。 「ヴェー。本当にハンガリーさんはお料理がお上手です」 「ありがとう、イタちゃん」 雰囲気を察しないイタリアには、彼女の口調もいつもどおり。 それに多少の苛立ちと、多分な呆れを正直に感じて、私は細く息をついた。 ベジタリアンなわけでもないのに、三食緑ばかり食べているから栄養バランスが偏って、余計な感情に支配されるのだと思う。それに第一。 「……する必要などないじゃありませんか」 ダイエットなんて。 「オーストリアさんになんてわかりませんっ!!」 つい零れてしまった言葉に、ハンガリーがダンッとテーブルに拳を打ちつけた。 イタリアが驚いてフォークに刺さった肉を落とす。 「ハンガリー…」 「だってっ。オーストリアさんはいいです! 元々ちゃんと引き締まった体で、食べてもぶくぶく太ったりしないし! 私とは違ってこんな悩みないんでしょうけど!」 「貴女だって、別に太っていないじゃないですか」 「オ、オーストリアさんが太ってるって言った……」 「ち、違うでしょう!?」 思わず荒げた声は、ハンガリーではなくイタリアに、より効果があったようだ。 今度はフォークそのものを落としてしまった彼を叱れるわけもなく、私は席を立つとそれを拾い上げ、新たなフォークと交換した。 「イタリアは食事を続けなさい」 「ヴ、ヴェー」 怯えながらも大人しく従う彼の横を通り、ハンガリーの横に席を移す。ぷいと顔を背けた彼女の、どこにそんなに気にするほどの脂肪がついているのかさっぱり理解できない。 「女性と男性では、体質の違う部分は仕方ないでしょう。それにハンガリー。貴女はそのままで充分です。無理なダイエットは体に毒ですよ」 「ダイエット? ハンガリーさんはダイエットしてたんですか? ヴェー。しなくていいです! オーストリアさんの言うとおりですよ!」 「イ、イタちゃんにまで知られましたぁぁ!」 ……何を今更。 肉類も穀物も摂取せず、午後のティータイムにはお茶請けも辞す。要因まではつかめなかったが、それを見れば彼女が何をしているかなど、幼いイタリア以外、屋敷の全員が気づいていたと思うのだが。 さめざめと抗議するハンガリーに、私はやれやれと頭を抱えたい気分だ。 「イタリアも心配しているんですよ。本当に貴女は痩せる必要などどこにもありません」 「……あるんですっ。顔とか二の腕とか太腿とか、お……お腹とか……」 「ちょうど良いじゃないですか。私は好きです」 「――なっ」 「僕も好きですー」 邪気のないイタリアと違って、少しだけ邪なものを含めた私の台詞に、ハンガリーが見る間に赤くなる。 「ななな何を……っ、いえ、そーいうことじゃなくてですね」 「そういうことです。それに女性の場合、減量はここにくるというじゃありませんか」 ととん、と自分の胸元を指で指し示す。勿論イタリアには背を向けているので、彼は気づいていないだろう。 「私はちょうど良くて好きなんですが」 「ば――ッ!!?」 「ヴェー?」 「イタちゃんの前ですっ!!」 「いつまでも過激なダイエットなど、無理して細々としてしまったら、そのうちここ――」 唇の動きだけで、最後を伝える。 ――なくなりますよ? きっとハンガリーさんはプーあたりに言われたんですよ。 次作はこの続き→会話オンリーの予定。 |