ノースアイランド 何であんな夢を見たのか、自分でも自分が分からない。 窓から吹き込んでくる冬の風を頬に受けて、グエルは何度目か分からない小さな息を吐いた。 数年振りに踏んだ雪の地面は、シャリと高い音を立てて、思っていたよりも優しかった。 ゴスティたちと最初にエンデへ降り立ったときの感想はそれで、ずっと離れていたもう一つの故郷は、多くの郷愁と共に、温かくグエルを迎えてくれた。 ただいま、と小さく胸中で呟いたのは、ここに眠る愛しい家族へと向けたものだ。 仕事はそれなりに忙しい。新しい花々を見つけ、採集、分析し、鳥たちとの相性を鑑み、オパルの環境とも考慮する。日々発見、コツコツ努力。 それをたまたまの針路であるこのエデンで出来ることは、過去を受け入れるという点でも最良で、もっと、ずっと深く、去来するものがある――はずであったのに。 (……なんでオレはこんなことばっかり考えてるんだろう) あの晩のことが頭から離れないのはどうしたことか。 そろそろ冷たさを通り越して痛くなる頃合かもしれない、と思いながら、それでもまだ窓の傍で肩肘をついているグエルは、またとりとめもない自問を繰り返し始めた。 (大体。セロ君オレのこと意識してなさすぎ。湯加減見てたときだって、あの変わりのなさ。……オレ相手であれって、普通なわけ?) 仮にもバスタオル越しの冷えた体を抱き締めた。 だから、密着させた吐息を素肌に感じただろうに。 雪原で、押し倒して、濡れた唇を交し合った。 3年生の研修旅行も残り僅か。その最後の数日に含まれていたグエルの誕生日。 (好きなだけ甘えていいって言ったくせに) 抱き合ったはずのぬくもりが、淡雪のように滑り落ちていった記憶を手繰ると、セロの艶めいた表情に変わる。ただ、それに自信が持てなくて、グエルは深いため息を吐いた。 (ホント変わらなさすぎだよ、セロ君) 朝起きたらもぬけの殻で温もりもない。 雪国らしい冷えたシーツに、伸ばした腕は空回り。呼ばれるままに寝起きで窓を開ければ、雪像とパレット合作の巨大で色とりどりの気持ちのこもったバースデーケーキ。 (すごく、嬉しかった……けど) それは偽りない本当の気持ち。だけれども。 こうしてふと思い出すのは、その数時間前の記憶なわけで。 (……いやだな。モスリン君とかよろこびそう) これではまるで悶々とした日々を過ごす、思春期の少年だ。 「――わ。寒くないんですか?」 「セロ君」 不意に聞こえた声に振り向けば、ドアの傍に湯気の出るマグを二つ持ったセロが、驚いた顔で立っていた。 言われて、グエルは頬や鼻に冷たさを感じた。 「エンデ生まれだと寒さに強いんですねー」 「寒いよ」 「えっなら閉めた方が!」 ぶるりと身震いをしたグエルに、セロが慌ててマグカップを渡す。 受け取った掌に、マグの熱がじんわりと痺れるように広がったことで、意外に冷えていたことを実感した。 「閉めますよ」 「うん。ありがと」 隣に立ったままのセロから、甘い香りの湯気が立ち上っている。 グエルのマグには芳醇な深い色合いのコーヒーで、わざわざ違うものを淹れてくれたということですら、何だか嬉しい。そんなことを思いながらまた一口飲み込むと、窓越しに外を見ていたセロが聞いた。 「何をしてたんですか?」 「うん?……考えごと?」 「なぜ疑問系。というかこんなに冷えるまで?」 セロの右手が、グエルの頬に触れる。 風邪引きますよ、と苦笑するセロの手が温かかった。 だからつい。 離れていきそうになったセロの右手を引きとめた。 「セロ君」 「――え?」 「考えごとの中身、知りたくない?」 その指先にコーヒーで温められた唇をつけて、覗き込むようにそう言えば、セロは引き気味にした指を、グエルのそれにきゅっと絡めた。上目遣いに、仄かに色づいた頬で見つめてくる。 「き……」 「き?」 優しく促すグエルに、 「聞かない方が、いい気がします」 「ちょっと」 ここまで引っ張っといて、それはないよセロ君。 思わず半眼で不服を示すが、相手はいたって真剣だった。 「だ、だって何か、グエル先生がそういうジトッとしてムワッとさせてるときは、どうしていいかわからなくさせられることが多いので!」 「……させてるのはセロ君でしょ」 呟いた反論は、掴まれた腕をこれでもかと引っ張って抵抗するセロの耳には届かない。 ふう、と息を吐いて、グエルは窓のサンにマグカップを置いた。 力を緩めると、そのまま脱兎如く逃げ出しそうな勢いのセロを、揺れる甘い香りのマグカップごと自分の膝に引き寄せる。 「――グっ、エル先生っ」 「昔より、ゾクっとって言葉が足りないのはわざと?」 「え、や、ちが」 身を捩るセロのうなじに、首を伸ばして囁きかける。 「オレの考えごと。セロ君は別にどうでもいいようだけど、やっぱり言うよ」 「ええっ?!いえいえ、そ、そのうちでも!」 「遠慮しなくてもいいよ。どうしても聞きたくないなら、耳でも塞いでれば」 「塞げる体勢にない気がします!」 「まあ、セロ君は気にしないで」 「何か気の遣いどころが違う気が!」 服越しにすら、セロの体温が上がるのを感じて、記憶の中の、セロの体温とそれが被る。 (……やっぱり、あれは白昼夢とかじゃないな) 繋ぐ体をより一層抱き締めて。 「何で先にベッド出ちゃったの」 「――――っえ!」 直接的に言葉を投げれば、セロは体ごと、言葉も跳ねた。 もう一度、何でと促す。 「え……えーと、それは……その……」 「何」 しどろもどろに誤魔化そうと逃げるセロを、後ろから拘束を緩めず追い詰める。 グエルに回された腕の前で、マグを持つセロは指先を無意識に動かしながら、観念したかのようにゆるゆるとグエルを振り返った。その頬が、しもやけも驚くくらいの湯で加減で、グエルは小さく瞠目した 。 「ど、どういう顔をすればいいのか……」 「……」 「……グエル先生?」 わからなくて、と消え入りそうに呟かれた言葉に、グエルが何も答えないでいると、セロがおずおずと声をかける。呼ばれて、グエルはセロの体から腕を外すと、右手をセロの目にかかった前髪に触れた。 払って耳にかけてやる。くすぐったそうに肩を竦めた、まだほんのりと紅い頬のセロの頬を撫でる。 「そういう顔をすればいいと思うよ」 「?」 きょとんと瞬きをされて、思わずグエルに苦笑が零れた。 (……振り回されるな) セロからの倍返しは、やはり一生ない気がして、グエルはおもむろにセロの頭を引き寄せると、掠めるように唇を奪った。 パレット最終回はやばかった!やばかった!!(悶) |