その意味なんだ それはナルトが木の葉の里に帰還して、しばらく経ったある日の午後。 いつものようにイチャイチャシリーズを片手に、木陰で横になっていたカカシに、ナルトが問いかけたのだった。 「ねえねえ、カカシ先生ってば。ロリコンってなに?」 「――はぁ?」 あまりに唐突な質問に、思わず本から視線を転じる。 ナルトは純粋に好奇な目を向け、付け足した。 「カカシ先生に聞けばわかるって、エロ仙人が言ってたってばよ!」 (……なんでオレかね。) 自来也の名前に、何か軽い悪意を感じて、カカシは片眉を上げた。 体を起こし、それからポリポリと頭を掻いて、どう言うべきか思案する。 「あーそれはだなぁ……小さい子にだけ興味を持っちゃうアブナイ人、くらいの意味?」 「なーんだァ」 「なーんだ?」 回答に対するリアクションがいただけない。 同じ台詞を反復すると、ナルトは残念そうに爪先で小石を弾いた。 「やっぱそれってカカシ先生のことかー。エロ仙人の言ったとおりで、つまんないってばよ」 「ちょーっと待った。え、なにそれ。どゆこと?」 オレ、ロリコンだったの? 知らなかった真実を突きつけられて、カカシはちぇっと舌打ちしたナルトに慌てて聞いた。 しかしナルトはそんなカカシの心配をよそに、きょとんとした表情を向ける。 「え、だってカカシ先生は別に子供嫌いじゃないだろー?そんでさ、そんでさ。イチャパラをずーっと手放さなくて覆面のアブナイ人ってピッタリじゃん」 「なるほど…って違う違う。ロリコンと教育熱心な親心を一緒にしちゃダメでしょーが」 「ええー」 どういう理解をされているのか。 説明不足だったかと首を捻り、カカシは定義の補足をした。 「んー。だからロリコンってーのはだなぁ」 誤解のないように伝えなくては。 アスマも紅もガイも、はては火影までも、大概の大人がロリコンで一括りにされてしまう。 アブナイの意義に覆面を指摘されたことも念頭に置いて、カカシはポンと手を打った。 「小さい女の子だけに興味持つ、って意味のアブナイ人なワケよ。わかった?」 我ながら今度は的確だ。 確信して覗き込めば、しかしナルトは難しそうに顔をしかめて唸っている。 「うーんうーん……じゃあカカシ先生がサクラちゃんに興味持ったらダメ…てこと?」 「サクラって」 出された対象に思わず苦笑する。 「ま、16歳を子供にくくっていいのかビミョーだけどねー」 自らの意志で医療忍者としての道を歩み始めたサクラの横顔を思い浮かべ、カカシは表情を和らげた。 あの幼いだけの少女から脱却し、信念を貫く真っ直ぐな視線。 カカシ班は健在といえど、事実上修業の師としては手が離れてしまったサクラが、綱手とどういった修業をしているのか、詳細を聞き及んでいるわけではなかったが、食事時に隣合わせるくらいの近しい距離にいる。 日に日に精練さを増していくサクラの姿勢は、もう少女のそれとは言えない。 相変わらず自分を先生呼ばわりで懐いてくれる様は可愛らしいが、修業で付いた頬の泥を落とすのに気を遣う程度には成長していると思う。 (あれ? 結構ビミョー?) 自分の思考に内心で首を傾げる。 と、カカシの答えに唸り続けていたナルトが、突然頭を掻いて大声を上げた。 「うああー!わっかんねー!もういいや。エロ仙人にはカカシ先生はロリコンだけどロリコンじゃないって、ちゃんと言っといてやるってばよ!」 「や、だからロリコンじゃないしねーって、あー。行っちゃった。ほんと話聞かないのは相変わらず」 とりあえず、カカシ=ロリコン説からだけは辛うじて脱却してくれたらしいことで、納得するしかないのかもしれない。 いささか不満が残る気もしたが、ナルトの消えた方向を見送りながら、カカシはやる気のない息を吐いた。 このまま読書を再開するか思案して、コキコキと首を鳴らす。 何とはなしに立ち上がりかけ、カカシは近づいてくる気配に、首だけを捻った。 「よ」 しゃがみこんだまま片手を上げる。 「なーんだァ」 「ちょっとサクラまで……今日はなんなの」 大方ナルトとそこですれ違いでもしたのだろう。 ナルトと同じ台詞を言いながら近づくサクラに、カカシはがっくりと頭を垂れた。 「やっぱり先生はロリコンじゃないのよねー」 「当たり前でしょーが」 「当たり前なの?」 からかうように言ったサクラへ、辟易とした顔を向ける。 悪びれず笑いながら、サクラはカカシの隣に座ると、指を挟んで閉じていたイチャパラを目敏く見つけ、奪いにかかった。 背中を向けて、サクラの腕を防御しながら思う。 自来也に吹き込まれた、いわゆる純粋培養のナルトならまだしも、明らかに意味を分かっているだけ、サクラのからかいは性質が悪い。 昔はもっと素直だったのに、と子供独特の丸さのぬけかかったサクラの表情から、視線を逸らした。 「大体ねー。オレがロリコンだったら、サクラなんか一番危ない」 「そーよね。私こんなに美少女だし」 「そだねー」 棒読みで返すと、憤然としたサクラにのしかかられてしまった。 首に回された細い腕を捕まえて抵抗の意を示すが、背中に乗ったサクラはそのまま。 カカシの耳に口をつけるようにして、不満を言った。 「なによ。カカシ先生、てんでわかってないわ!」 「なーにが?」 耳にかかる息、というよりは少し大きすぎる声に苦笑する。ここで甘く囁かない程度に、やはり子供なのだと思えば、背中に感じる柔らかさを意識しないでいられると言うものだ。 しかしもっと怒鳴るかと身構えたカカシに、サクラは思いがけずカカシに回した腕にきゅっと力を入れて、トーンを落とした。 「私、いつまでも子供じゃないのよ」 秘め事を囁くかのように、サクラが耳朶に囁いた。 それは意図してかしないでか。 突然漂わされた空気の変化に、思わず高鳴りかけた胸を意識的に抑えて、カカシはとぼけた顔で振り向いた。 「……うん?だろーね?」 いつまでも手のかかる子供だなんて思っていない。 間近でこれだけ成長を見せつけられれば、誰でもそんなことは思わないだろう。 自分の映る、吸い込まれそうな翡翠色の瞳をキレイだな、とぼんやり見つめていたカカシへ、サクラはしばらくじっと合わせていたが、やがて唇を尖らせて言った。 「そうよ。子供じゃなくなるの。私が女になったとき、先生がロリコンじゃないなら普通に危ないじゃない」 「…」 「…」 ――なるほど。 うまいな、と手を打たなかったのは、日頃の鍛練のたまものだ。 至極真っ当な正論に、カカシはマジマジとサクラを見てしまった。 自分は断じてロリコンではない。 ロリコンではないから、サスケに向ける垂れ流し状態の好意も微笑ましく見守っていた。 ピンクの頭をポンと撫でる手に、下心をもったことはまるでない。 「……」 ただこの距離で、あの頃とは違う柔らかさを持った肌を押し付けられて、これから伸ばすであろう手には、多少の下心がないとは言えないことに気づいてしまった。 カカシの背に乗りかかったまま、回されていたサクラの腕をとり、痛めないように軸を捻る。 「――きゃっ! わ、カカシ先生?」 面白いように簡単に、自分に組み敷かれてくれるサクラへ、カカシはにこりと笑う。 「サクラ、オレに女にしてほしいの?」 「な――っ!」 落としたイチャパラが、仰向けにされたサクラの横で風に吹かれ、ページが捲れた。 「あ、そこいいシーンなんだよねー」 「カ、カカ……ッ!」 見る間に真っ赤になったサクラが、声にならない声でカカシを呼んだが、カカシは無視してサクラに顔を近づけた。困惑と羞恥で涙目になったサクラがカカシの接近に、慌てて強く目を瞑った。 緊張からか体も硬直している。 (……おもしろ) 固まってはいるが嫌がっているわけではないらしい態度に、カカシは失礼な思考でサクラの髪を一房掬った。あからさまにビクリと動く肩が、わかりやすくて新鮮だった。 「ま、もうちょっと育ってくれてからでいいかなー」 本音は内心で呟いたはずが、うっかり面布から漏れていたらしい。 「――ッ!!」 「うわっ!?」 何の兆候もなしに突然起き上がったサクラに、近づきすぎていたカカシはもろに頭突きを食らってしまった。 一瞬散った火花の後に、サクラの気配がかなり遠退いたのを知る。 額を押さえながら見上げた先で、ピンクの髪が取り乱しているのが見えた。 サクラの顔は、ここからでも良くわかるほどに、まだ赤い。 「カ、カカシ先生のロリコンー!!」 振り向いて突然怒鳴ったサクラに、往来を行く人々が何事かと振り返り、それから彼女の視線を追ってカカシに行き着き、顔を顰める。視線が痛い。 (まったく…。子供扱いしたら怒るくせに、こんなときだけずるいなサクラ…) 人の目から逃れるために、素早く印を結んでその場を去りながら、カカシはどうしたものかと首を捻った。 最近全然カカサクぽくないからせめて妄想に本気出してみた。 |