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立ち聞き注意。U 「オーストリアさんのどこが好きでありますかー!」 「え……え?あれ?オーストリアさん?え……」 出された名前に自分でも驚くほど狼狽した声が出てしまい、ハンガリーは咳払いで誤魔化した。 「ハンガリーさんはオーストリアさんのどこが好きー?」 「ええっ?そ、そんなの全部に決まって――」 「ヴェー、全部はなし!俺はね、ピアノとか優しいとことか好きー」 「わ、私も!私もそこ好きであります!」 勢い込んで同意したハンガリーに、しかしイタリアは人差し指を振ってみせた。 「他にはー?俺、みんなの好きなとこちゃんと別にも言ったよ。ハンガリーさんも別の一個〜」 そうだっただろうか。 狼狽した頭で過去の会話を振り返れば、確かにイタリアの言うとおりかもしれない。 しかしだからと言って、彼の好きなところを他に挙げろと言われても大いに困る。ハンガリーはぐるぐると回る思考で彼の人との様々な思い出を走馬灯のように巡らせた。 顔も性格も、彼の纏う雰囲気も、考えれば考えるほど、そのどれもが素敵すぎて頭を抱える。 「い……いっぱいありすぎると思うの……」 「ヴェー…さっきとすごい違うね……」 煩悶するハンガリーを見つめていたイタリアは、やおらポンと手を叩いて顔を上げた。 「じゃあね。強いてあげるなら?」 「強いて……?」 「うん。オーストリアさんの顔!とか」 揶揄するような調子ではなく、純粋なイタリアからの提案に、ハンガリーは素直に考えてみることにした。 彼のおっとりとした話し方、上品で繊細な立ち居振る舞い、ピアノに向かっているときの一途な紫の深い眼差し――。 「…………」 考えに考えたハンガリーの口から、自然と小さな言葉がもれた。 「手、かな……」 「手?」 ハンガリーの答えに、イタリアが意外そうに目を丸くする。 「うん――あのね、オーストリアさんの手ってすごく大きいの。指も長くて……。ピアノ引くからかな。節は結構しっかりあって、すごく男の人っぽいの」 その指が、まるで別の生き物のように鍵盤を流れ、跳ね、叩き、躍動する様は、思い出すだけでも胸の高まりを覚えるほどだ。 時に激しく、ときに優しく情熱的に、音階を操るその動きは、いつも冷静で表情に出さない彼の本質を、一番如実にあらわすのだとハンガリーは知っている。 彼はピアノの鳴かせ方を知り尽くしている――。 その指が、時にはハンガリーの髪を梳き、頬に触れ、耳を撫でる。 図らずもそこまで思い出してしまったハンガリーの顔からボンと火が出た。 いっきに赤く熱くなった頬を抑えぶんぶんと首をふって妄想を追い出そうと躍起になる。 「……え、……ええと……っ!」 「…………」 「…………」 「ヴェ、ヴェ……」 ハンガリーの奇怪な行動を前にしたイタリアも、さすがに何かを察したのだろう。 上司や諸々の関係で二重帝国は解消されているとはいえ、二人の関係を知っていればなおさらだ。 手などと、微妙に意味深な部位を答えるんじゃなかった。 奇妙な沈黙の後、イタリアが先に誤魔化すように声を発し、取り繕うように立ち上がる。 「ド、ドイツたち遅いねー。もうそろそろ戻ってくるかなー?」 「そそそそうねー!」 聞きすぎたイタリアと言いすぎたハンガリーが、互いに妙な恥ずかしさを隠し切れないながらも、あからさまな話題転換に無理やり乗るのは大人の知恵だ。 「私、ちょっとそこまで見てこようかなっ」 ついでに頭も冷やしてこよう。 そそくさとソファを立ってドアに向かう。 ノブを回して、ハンガリーは思わず頭が真っ白になった。 「――――」 そこにいたのは件のオーストリアその人と、後ろで額に手をやりながら、哀れみを含んだ瞳を惜しげもなくハンガリーに向けるドイツだった。 「……何の話をしているんだお前ら……」 「うわきゃああぁぁぁっ!!!!!」 真っ白から灼熱の赤へ。 ハンガリーは頓狂な声を上げると、全身から湯気が出ているのかと錯覚するほど真っ赤な顔をぶんぶんと振った。羞恥で奥歯が噛み合わない。 「いっいつ…っ、いつからそこに……っ」 「ワインの話題あたりからでしょうか。ただいま……ああいえ、先ほど戻りました」 「――――」 至極冷静に答えたのはオーストリアだった。 それならそのまま部屋に入ってくれれば良かったのに。 二人の関係の進展具合と、本人のいないところでの本人評価は別物なのだ。 しかもそれが妙な間で終わるような会話になればなおさらだった。 こういうとき、何と言うのだったか。 前に日本に教えてもらった言葉が脳内をぐるぐると駆け巡る。 ああ、そうだ。――――オワタ、だ。 がっくりと膝をつきかけたハンガリーへ、オーストリアは両肘を抱えるポーズのままで一歩踏み出した。 「ふむ……。顔だけで判断されるよりはいいですよね、ドイツ」 「俺に同意を求めるな」 苦々しくも実直な声でドイツが答える。 「しかし、なるほど。私は手、ですか」 「え!?」 何事かを思案するような声でそう言うと、自分の右手をまじまじと見つめ、それからおもむろにハンガリーの頬へと滑らせる。 「――ひぁっ」 「そんなに気にいっていただけていたとは知りませんでした」 親指の腹で頬を、奥の小指でさりげなく耳朶を撫でられ、ハンガリーが悲鳴をあげる。 「光栄です、ハンガリー」 「いいいいいえっ、こちらこそ!」 どんな答えだと自分に内心で激しくつっこむ。 久し振りの再開だというのに、嬉しさよりも確実な羞恥で死にそうだ。 「ところでハンガリー」 「ふわっ、あ、はい!」 そのまま軽く上向かされて、ハンガリーはオーストリアと視線を合わせた。 「私の顔はあまり貴方の好みではありませんでしたか?」 外は風が強くなっていたのだろうか。 後ろへ撫でつけられたいつもの髪が、少し乱れている。 必死に他へ気を逸らそうとしたハンガリーだったが、真摯に見つめる紫の深さと久し振りの彼の体温に、感極まって視線を外す。 「め……」 「め?」 「眩暈がするほど好みです……」 白状した小さな呟きに、オーストリアの淡々とした声が降ってきた。 「安心しました」 「……お、お久し振りです」 「お久し振りです。お元気でしたか?」 歓待のハグにかえられた腕に、思わずしがみついてしまった。返事が出来ない。 「おまえら……」 と、今まで沈黙を保っていたドイツが、二人の背中に呆れたような声をかけた。 「その辺にしてさっさと入れ。夕食が遅れる」 「ヴェヴェー!おおおおかえりドイツ!オーストリアさーん!」 「そうですね、入りましょうかハンガリー。イタリアも、こんばんは」 二人を押しのけるようにして室内に入ったドイツを受けて、オーストリアも後に続く。 固まってしまったハンガリーに、指を絡めた手で促したのはわざとだろうか。 羞恥にもだえて精一杯になっていたハンガリーは、それすらも考えられないままに、右手右足を同時に動かす不自然な格好で、オーストリアについていくしか他になかった。 END 実はプロイセンへの「顔」評価が面白くなかったとか好き展開です。 |