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たぶん触れた秘密の感情(03) 「それにしてもカナカナ。珍しいもの選んだよねぇ」 「……変だった?」 ケイオス・ラグナ支部エリシオン内に設けられたワルキューレのトレーニングスタジオで、ダンスレッスンの汗をタオルで拭いながら言ったマキナに、カナメはおそるおそる聞き返した。ソファにぽすんと腰を下ろしたマキナはきょとんと不思議そうな顔をして、それから満面の笑顔になった。 「ぜんっぜん! すっごくキャワワだなあって!」 「ぶっちゃ可愛いと思います!」 マキナに大きく同意したフレイアが、タオルを首に掛けたまま小走りで駆けてくる。 ソファの先客であったレイナはネイルチップを起動させ、なにやらものすごいスピードで空間に文字を浮かび上がらせ始めた。 「銀河ネットでも大人気。【カナメリーダー、アツアツ★初キッス】【特典はまさかのベッドシーン!】【初めての表情に、みんなメロメロ☆】」 「えっ? そんな煽りになってるの?」 部門マネージャーを通して、反響は良いと聞いてはいたが、まさかそんなことになっていたとは。先週発売になった新曲は、銀河音楽チャートの一位に躍り出て、今週も三位以内をいったりきたりという好調ぶりだ。だがまさか特典のブロマイドがそんなことになっていたとは知らなかった。 「これ」 画面を反転させて見せてくれるレイナの手元を覗き込むと、まとめサイトと思われる画面が目に入る。これから買うという人、帰ったら届いているはずだという人、それから既に特典画像をダウンロードしたという人の言葉で、画面は大盛況のようだった。 *** 『マジで? カナメ・バッカニア、ついに脱いだの!?』 『マジレスすると脱いでない。でもまぎれもなくベッドシーン』 『マジかww 買うわwww』 『ネタバレkr キスの相手は?』 『推しが他なら仕方ないから、おまいら黙って2冊買っとけ。可愛さはプライスレス』 『積極的にキスされるカナメ・バッカニア』 『最高のオフショット』 *** 指先でスクロールした範疇に、悪意に満ちたコメントはほぼ見当たらない。それにホッと胸を撫で下ろしつつ、カナメはデバイスの主導権をレイナに返した。 「間違ってはいない。ベッドシーンでキスシーン」 「キュルルとね」 にやりと悪い顔で笑ったレイナに苦笑する。 最終的にカナメが選んだ一枚は、キュルルとベッドの上で戯れているものだった。淡いパイル生地のナイトウェアで寝転がっているカナメの上にキュルルが乗って、可愛らしくキスを仕掛けている、そんなワンショットだ。ショートパンツとパーカー型のウェアは特に目新しくもなく、露出でいえば少な目ともいえる。さすがにそれ一枚では普通すぎるという制作陣の判断で、連写になっていた三枚が上手い具合に一枚のフォーカス内に散りばめられているものの、何の変哲もないペットと飼い主の写真だと思う。 が、カナメの予想に反して、反応は上々のようだった。 「うん、でもあれすっごくきゃわわだよ。特に二枚目のカナカナの表情、キュルルに隙を突かれてビックリしてるのすっごくいいもん!」 「はい、はい! 三枚目のもぶっちゃ可愛いんよ! 女子寮でしか見せないカナメさんのオフの顔って感じやね、これ!」 「ありがとう、二人とも」 ワルキューレ専用のIDで特典ブロマイドの閲覧を始めたフレイアが、拳を握って絶賛してくれる。愛らしいピンク色でピンと主張しているルンに柔らかく微笑んだカナメへ、少し遅れてやってきた美雲が、するりと後ろからカナメの首に腕を回して抱きついてきた。 「美雲」 「確かにこれが一番あなたの可愛さを引き出している一枚よね。ねえ、でも最初に悩んでいたものとだいぶ趣向を変えたのは何故?」 「それは――」 いつもどおりの妖艶な絡み方に、けれども少し頬を寄せるようにして言った美雲の態度が、どこか小さな子供を髣髴とさせた。あの日メッサーが言っていたアラドの受け売りだという「ミステリアス幼女」という言葉が蘇って、カナメは我知らず笑ってしまった。首を傾げる美雲に腰を捻って向き直り、豊かな髪を優しく撫でる。 「メッサー君が、これが一番可愛いって――」 「「メッサー?」」 「メサメサ?」 「メッサーさん?」 「――……あ」 全員の声が綺麗に重なり、カナメはハッとして美雲の頭から手を引っ込めた。 口が滑った。 「カナカナ〜」 「な、なに?」 「なんとなく、じゃなかったんだ?」 「そ、それで、何となく、これもいいかなーって思った、ん、だけど……ね?」 カナメが他の二枚で悩んでいたことは、ここにいる全員が周知の事実だ。それをキュルルとの写真に変えた理由を、カナメはずっと「なんとなく」だと答えていた。隠そうと思ったわけではなかった。だが、最初に理由を聞かれたとき、勝手に口がそう動いてしまったのだ。 メッサーから言われた言葉を思い出すと、いまだに何だか心臓がうるさくなってくる。 あれからメッサーの態度は何も変わらないし、カナメも普通に接している。相変わらず食事もお酒も誘いには全く乗ってくれない。だが、時折あの日のことを思い出す。メッサーがジークフリードの写ったブロマイドを見つめていたあの優しい視線や、なぞっていた指先を。そうすると途端に頬に熱が集まってしまう気がする。だから、これ以上思い出さないようにしていたというのに。 「そう……メッサーに可愛いって言われたからなのね」 「ち、違っ、メッサー君はキュルルがね? キュルルが可愛いって、そういう意味で――」 きっとそうだ。そうに違いないとカナメはそう思っている。 思ってはいるのだが、この写真を手渡され「これが可愛いと思います」と言ったメッサーを思い出すと、やはり顔が熱くなる。 「怪しい……隠し事。二人きり……大人の秘め事?」 「べ、別に隠していたわけじゃなくて、その、い、言い忘れていただけなの」 本当だ。隠すつもりはなかった。 ただちょっと、思い出して落ち着くまで、ほんの少し時間がほしかっただけで。 「ふぅん? ふぅぅん? でもカナカナ、メサメサに可愛いって言われたんでしょう?」 「だから、それはキュルルのことで……っ」 可愛い枠だと言われたことはまだ口に出来そうもない。 にんまりと言う言葉がぴったり当てはまりそうな形に口角を持ち上げたマキナに反論しているだけで、自分の頬がどうしようもなく赤くなっている自覚があるのだ。 「カナメさん、メッサーさんに相談乗ってもらってたんやねえ」 「そう! そうなの! メッサー君が相談に乗ってくれてね!?」 他意なく言ってくれるのはフレイアばかりだ。勢い込んで同意して、カナメは高まってしまった心臓を落ちつけようと大きく息を吐いた。 そう。メッサーとは本当に話を聞いてもらっただけなのだ。他愛ない雑談や意見をもらっただけで、誰とだってしている会話で間違いない。女子寮に持ち帰って、ミラージュにどれが可愛いと思うか聞いたことだって何度だってある。それと同じだ。 メッサーなんて、結局お礼の食事も丁寧に断ってくれたのだ。 あのときだって、初めは拒否していたメッサーは、カナメがあまりにも落ち込んでしまったのを見てしまい、さすがに帰りにくくなっただけだ。だから思った以上に真剣に精査してくれた。その結果、初めて聞くことになった彼の賛辞は目新しくて、驚いた。だからカナメは柄にもなく緊張して、嬉しくて、それから―― (――て、照れちゃうかも) つい先日「それだけ」と言ってしまったフレイアに心の内で盛大に謝罪して、カナメはにやにやとした様子で自分を見つめる面々から両手で顔を隠したのだった。 【 END 】 カナメさんが販促用に選ぶ自分のブロマイドについてどれにしようか悩んだ結果、メッサー君に意見を聞くお話。 ワルキューレのメンバー全員で、天然リーダーがどうしたら恥ずかしがるのか考えたりしています。 |