|
ねえ、今夜からはじめましょう。(07) 「…………」 「…………」 なるほどと言うべきか、どうしてそうなったと言うべきか。 カナメの説明を聞き終えて落ちた沈黙に、メッサーは頭を悩ませていた。この雰囲気に耐えられなくなったらしいカナメが小さく口を開いた。 「……何か言って」 「馬鹿ですか」 「怒らないって言ったのに!」 「怒ってはいません。呆れているだけです」 厳密にいえば呆れている、というのとも違う気がするが、他に言葉が見つからない。雑誌の体験談を鵜呑みに――カナメ曰く、鵜呑みではないそうだが――して、意味深長な態度で約一か月も全てお預けされていたということはわかった。美雲が便乗し、あえて誤解をさせるつもりでカナメの首元に吸い付いたらしいということも。三歳に毛の生えたようなやつの計略に嵌ったのかと思えば悔しくもあり、情けなくもある。言うなれば呆れは自分への言葉でもあり、自分への失望も入り混じった感情だ。 「だって……っ」 額を覆って俯いたメッサーに、とりあえずと羽織らせたシャツの前をぎゅっと合わせたカナメが唇を震わせた。 「雑誌にあったんだもの。好きな女の人には我慢できなくなるとか、男の本能がとか。でも――でも、メッサー君いつもすごく冷静だったし、だからそういう時もメッサー君は私に我を忘れるほどドキドキしてくれてないのかなって不安で、一回そう考えちゃうと、どんどん悪い方に考えちゃうというか、魅力ないのかなとか、だ、だって、私メッサー君しか知らないし、だから……っ」 不安だったのだと全身で訴えてくるカナメに、メッサーは心底驚いた。カナメに魅力がないのなら、銀河中どこを探しても苔むす石ころしかいなくなる。むしろメッサーの方がいつも常に不安だった。不安を諦めに変換したふりをして、カナメと付き合っていたのだと思う。 だから誰に取られても仕方がないなどと考えていた。 「……ごめんなさい。馬鹿なことした」 すん、と鼻を啜るカナメに触れてもいいだろうか。 まだ一瞬そんなことを考えてしまってから、メッサーはカナメに手を伸ばした。俯いて瞳を擦るカナメの赤い髪にそっと触れて、ゆっくりと撫でる。 「いえ……そういう方面で不安にさせているとは全く気づきませんでした。俺の方こそすみません」 しっとりと手のひらに吸い付いてくるような髪の毛の感触すら愛おしくなる。よくもこんな存在を、誰か他に任せれると考えていたものだ。 おとなしく撫でられていたカナメがもぞりと身じろいだ。髪は嫌だっただろうか。と、カナメはもぞもぞとベッドの上を俯いたまま移動して、そのままメッサーの胸に顔を埋めた。良く見れば耳が真っ赤になっている。照れているのか。 「――あなたを大切にしたいんです」 「え」 「大切で、愛しくて、かけがえがない唯一の人だから」 思わず強く抱きしめた。 可愛い。どうしようもなく可愛い。彼女を誰にも渡したくない。 「がむしゃらに好意を押し付けてあなたに怖がられたくなかったという余裕のなさです。少しでも長くあなたを自分のものだと思っていたかった。俺にとって夢のような幸せを手放さないですむように必死で。……それであなたを不安にさせるんなんて思ってもいませんでした」 すみません、と言った声は絞り出すような響きになった。 黙っているカナメの額に額を擦りつけるようにして少しだけ身体を離す。それだけで身体中に散らせた鬱血跡が視界に入る。理由はどうあれ、行為自体は酷くした証だ。 「……痛かったですか」 「ちょっとだけ。あっ、で、でもちゃんと気持ち良かった!」 「すみません」 濡れてはいたし達してもくれた。が、それとこれとは話が違う。 眉を寄せたメッサーに、今度はカナメが手を伸ばした。汗でくたりと垂れた髪のてっぺんを何度も撫でながら、カナメが思い出したように言った。 「私ここに来る前にアラド隊長から伝言もらったの」 「……隊長からですか?」 「明後日、午後休とれるようにしておくって」 「は?」 「ね、メッサー君」 脈絡がわからない。聞き直したメッサーに、カナメは髪を梳く手をやめた。それから頬を優しく包む。また少し潤み始めたような気のする青い瞳は、けれど哀しそうな色はない。 「明日も明後日も一緒に起きよう? ご飯を食べて、傍にいよう? 夢じゃないもの。私はメッサー君が好きでメッサー君も私を好きでいてくれて、だから一緒にいられるの。いたいの。お願い。私を簡単に手離せると思わないで」 「カナメ、さん」 なんて殺し文句をくれる女なんだろう。これ以上ない赦しの言葉を与えられて、メッサーは名前を口にするだけで精一杯だ。綺麗な海の青のように澄んだ瞳で嬉しそうに微笑まれて、メッサーに拒否する選択肢などあるわけがなかった。 いくら金を積んでもこの部屋の連泊を死守する。ケイオスのエースパイロットは高給取りだ。自分の経済力にこんなに感謝をしたことはない。 「乱暴にしてもいいから」 「それは、ちょっと」 そう思っていたらとんでもないことを言い出されて、メッサーははっきりと苦笑した。あんな抱き方は出来れば二度としたくない。元来甘やかしたい気質の方が強いのだ。今夜は箍が外れてしまったと認めざるを得ないけれど、カナメが良ければいいと思う気持ちがあるのは事実だ。 けれどカナメは少し考える素振りを見せて、少しだけ唇を尖らせた。 「じゃあたまに。メッサー君の好きにしてほしい」 「好きにって」 「……気持ち良かったって、言ったでしょ」 拗ねたような口調に面食らったメッサーが思わずまじまじとカナメを見ると、ムッとしたようにこちらを見る彼女はまた耳まで染まっていた。参った。本当にとんでもないことを言う。 「……後悔しますよ」 「しない。好き」 ムッとしたままの表情と言葉がアンバランスだ。だけど可愛い。今夜何度目かわからなくなるほど改めて可愛いと思いすぎて返事が遅れたメッサーに、カナメが更に不満そうに唇を尖らせた。 「メッサー君、好き」 攻撃するかのように唇に強めに唇が押し付けられる。 「だいすき」 また強く。今度は一度ではなく、二度三度。 まるで照れ隠しのような乱暴さに、メッサーはその何度目かのキスを奪いにかかった。歯が鳴りそうなほど強く押し付け勢いのまま身を寄せる。 「俺も、好きです」 「ん」 倒しはせず互いの拮抗でバランスを取りながら、ベッドシーツの上でカナメの手を上から軽く押さえつける。座ったまま唇だけ何度も合わせるだけのキスをすれば、次第に激しさは確かめるような甘さに変わる。 ぴくりと反応した手を解放して、メッサーは開ききらないカナメの唇を親指で撫でた。 「……もう一回、いいですか」 激しくはないキスの後にしてはずいぶん息の上がったカナメが、返事の代わりにするりとメッサーの首に腕を回した。そのまま誘うように引き寄せられて、メッサーはおとなしくカナメをマットへと押し倒す。ボタンのかけれていないシャツが肌蹴てメッサーの胸板に柔らかく押し潰されて形を変えた。 「乱暴なやつ?」 「甘い方で」 「一回だけ?」 「……いえ。それは、要相談で」 首に回された腕の先で、カナメの指がうなじを撫でる。それから後頭部に移動する手に誘われるまま、メッサーは顔を近づけた。返事は。 答えをくれるはずの唇が開かれたのはそういう意味でいいはずだ。 今度こそ優しくと思ったはずの舌先が触れ合った瞬間カナメの呼吸を奪いながら、メッサーは羽織らせたシャツをベッドの下へと乱暴に落とした。 【 END 】 生存ifで付き合ってるメサカナ。 メッサー君に優しくされ過ぎて、むしろ自分では物足りないのではと不安に思ってしまったカナメさんが色々考えてやらかすお話。 タグはつけていませんがそこはかとなくカナクモ&アラクモ。( |