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言葉じゃなくても伝わるから(03) 重いような浮ついているような判然としない二人の沈黙は、それからどれくらいあったのだろう。 メッサーは相変わらず美雲に詰め寄られた位置から微動だにせず、顔の半分を片手で覆って固まっている。カナメはといえば、美雲を見送った姿勢のまま立ち尽くしていた。 このままこうしていても埒があかない。 我慢のしすぎは確かに毒だ。 でももうだいぶ我慢を繰り返してきたから、そろそろ全身に回っていそう。そうだとすれば、毒を食らわば皿までだ。 カナメは意を決して一歩足を進めた。 「メッサー君」 びくりとメッサーの身体が揺れる――というより跳ねた。と、同時に警戒心がぶわりと伝わってくるようだったが、カナメは鈍感なふりをして、メッサーの前までゆっくりと進んで、立ち止まる。 「メッサー君、私のこと好きだった? ちゃんと、私だからキスしてくれてた?」 「………………すみません」 メッサーは覆った手の下でもごもごとそんな言葉を呟いたようだった。カナメの気持ちは美雲に乗せられて言ってしまったから知っているはずだ。謝られたいわけじゃない。ただ質問に答えてほしいだけなのだ。 だから聞き方を変えてみる。 「……いつから?」 「……」 今度は謝罪の言葉すらない。手のひらの下のメッサーの表情を窺おうと覗き込めば、眉間の皺がだいぶ深くなっているように見えた。これはメッサーにとって言えないラインなのだろうと判断して、カナメは視線の合わないメッサーをじっと見つめる。 「最初にメッサー君が私にキスしようとしたの――覚えてるかな――、あれは、メッサー君が私を好きだったからでいい?」 「…………すみません」 また謝罪。でも、メッサーのこれは肯定だ。 苦しそうに眉を寄せて、それでも彼にとって答えられるギリギリのラインで誠実に向き合ってくれている。 それがわかるから、カナメはゆっくりとメッサーの口元を覆う手のひらに手を伸ばした。 「嬉しかったの」 「え」 これくらいの距離が初めてでもないというのに、指先が緊張して震えてしまう。 触れた指をメッサーの指に沿わせて下ろさせると、彼は抵抗しなかった。 「なのにメッサー君途中で止めちゃうから、雰囲気に流されただけかと思って……期待しちゃってたから悔しかった。……前にアラド隊長が男の子はキスすればイチコロだって言ってたのに、メッサー君は全然そういうこと興味なさそうで、私に興味なさそうで、だから、私とするキスは、メッサー君にとってはただの優しさなのかなって思ってて」 「違います! 俺は最初から――、……っ」 「うん」 また途中で言葉を飲み込み、辛そうな顔で俯きそうになったメッサーの唇に、カナメはもう片方の手で触れた。 言わなくてもいい。メッサーの頑なな態度の理由を、カナメは知らない。けれど、悪戯に気持ちを弄ぶ人ではないと信じている。メッサーのカナメを見る視線は嘘を吐いているようにはまるで見えないから、それだけでいい。 言葉にするのが辛いなら聞かない。その代わりに応えてほしい。メッサーの出来る範囲で、最大限に。 「したい」 「え」 「キス、したい。メッサー君と」 二人分の欲求はなるべく察して伝えるから。 「……ですが」 逃げずにカナメを見ることにしてくれたらしいメッサーは、しかし戸惑っているようだった。 私も観念したんだから、そろそろメッサー君もするべきだ――などと考えて、カナメはずいっとメッサーに迫った。 「したい。私の望みは全部叶えてくれるんじゃないの?」 「それは――!」 言質を取ったと言わんばかりの物言いで迫るカナメに、メッサーは思わずといった風に息を飲み、それから心底困ったような顔になった。カナメはメッサーの唇に触れていた指を取って、下ろさせる。互いに互いの手を封じる形になった。 「それは俺の望みです。俺の――……俺は、あなたにどうしても言えないことがある。だから」 「でも私は今のメッサー君が好き。もしメッサー君が私を好きなら、ずっと好きでいてほしい。これは私の願いでしょう? メッサー君は叶えてあげたいって美雲に言ってくれたんじゃなかったの?」 「カナメさん」 今までだって気持ちのわからないままに散々唇を重ねてきたのに、おそらく気持ちが通じ合ってから拒まれるなんて無理だ。我慢できない。ただでさえ美雲がおかしなことを言ったりするから、カナメはメッサーを誰にも渡したくないと思ってしまっているのだ。 必死で言葉を探しているらしいメッサーに掴まれた手を自分の頬まで持ち上げて、カナメはくるりと手のひらを返した。 「メッサー君が今私に言えないことも、言いたくないこともあるのはわかったわ。でも、好きでいるのはいいのよね?」 「……カナメさん」 頬につけさせた手の上から、一回り以上も小さい自分の手のひらを重ねて、カナメははっきりと角度をつけて首を傾げた。 「キスしたい」 いつもの角度。はじまりの角度は、右に20度。 それから少しだけ手のひらに頬ずり。 「ね。して? メッサー君」 「……」 唇は閉じたまま。目蓋もあけない。 そうすれば、カナメの唇に柔らかいものがそっと触れた。頬においた手のひらが動いて、メッサーの太い親指がそっとカナメの頬骨をくすぐる。やわやわと伺いを立てるように甘く食む唇の動きが、次第に性急になってきた。呼吸の為に口を開けると、舌肉がするりと入り込む。 「っんぅ、……ふ」 「……メさん……、カナメさん」 キスの合間に、メッサーから名前を呼ばれたのは初めてだった。 相手が誰だかわかっていて、メッサーは今はっきりとカナメにキスをしている。そう思えば、胸の奥がぎゅうぎゅうと締め付けられるように甘く疼いて、絡めて吸い上げられて、舌足らずになりながら、カナメも必死でそれに応える。 細面の頬から滑った指先がメッサーの刈り上げた横髪を撫で、後頭部に回した先で、長めに立っている髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回す。メッサーの手もいつの間にかカナメの頬と髪をぐっしゃりと乱して、ともすれば服の上から腰や背中を往復していた。 いつの間にか入れ替わっていた立ち位置のおかげで、壁に押しつけられている背中が少し痛い。数時間前に交わしたキスと状況が似ている。けれども甘さが比ではない。 触れ合った舌先からぐずぐずに溶かされ、絡まる唾液の粘着質な音にさえ煽られて、カナメの膝から力が抜けた。 「……っ、ッサー、く、」 それを見越して差し込まれていた膝に乗り上げ擦りつけるようにして、もう一度キスをねだる。 「もっと、っ、したい」 「……はい」 もうメッサーも否定はしなくなっていた。というより出来ないはずだという確信がある。 ギラギラと艶めかしい色香を隠しもしないメッサーの指の腹が、カナメのうなじをつと撫でた。 「それっ――それ、以上も、して」 「…………」 一瞬だけ離れて交わった瞳には明確な熱があった。 だがメッサーからの返事がなくて、カナメは甘えるようにメッサーの唇を軽く啄む。 「そういう感情はない?」 「ないわけがない」 言うなり首筋に甘い噛み痕を残されて、カナメは小さな悲鳴を上げた。パッとメッサーの頭が離れる。ついでとばかりに両手も離そうとしたメッサーの手を素早く取って、カナメは自分の腰にひたりとつけさせた。 「…………………………すみません。調子に乗」 「メッサー君、好き」 一瞬怯えた大型犬のようになってしまったメッサーの言葉を遮り、カナメは今度は自分から膝に乗り上げた。背中に壁を持たないメッサーが、迫るカナメを支えるために足を突き出し、その手が頬と腰に添えられる。 「大好き」 「俺は……」 それを良いことに唇以外の顔にも、あらゆるところにキスを落としていくカナメを甘んじて受けながら、メッサーも言葉を返そうとして、詰まり、また眉を寄せてしまった。 無理をしないで。 「メッサー君」 その願いをこめたキスを眉間の皺に送って、近くなった瞳を見つめる。 「メッサー君の返事はこっちでいいから。ね?」 それからメッサーの負担にならないようにと甘やかすような軽めのキスを唇に二回。 鼻先同士をこするように触れ合わせて顔を覗けば、メッサーがくしゃりと目元を細めてカナメを見つめた。その視線から、言葉以上の何かが溢れ出しているように思えた。 『欲しい』と。 言葉以上に、メッサーの目がカナメを欲しいと訴えている。 熱いような苦しいような奔流に飲まれたカナメの咽喉が知らずゴクリと音を立てた。 たぶん今、自分も同じ顔をしている。 「……メッサーく」 「返事、します」 ぞくりとしたのはどちらが先か。 考える間もなく、メッサーが噛みつくように大きな口をあけてカナメの唇を覆い尽くした。 【 END 】 キスから始まるメサカナ。 私の中の美雲さんイメージは、出来る三歳児。 |