楽しいハンジ班クッキング




ここのところ昼夜を問わず続いていた資料のまとめが出来た祝いにと、我らが上官殿達が、俺達班員に昼食を作ってくれると言い出した。――いや、正確には言い出したのは分隊長で、作っているのは副長モブリット・バーナーだが。

「みんな、お疲れー! もう本当お疲れ! 今回はマジみんなそのまま昇天しちゃうんじゃないかって心配してたんだけど、さっすがハンジ班の精鋭達!みんなのおかげでエルヴィンも次の実験許可してくれるって。ありがとうね! そんな感謝の意を込めて、今日のお昼は私のポケットマネーで、この間行ったシーナで買い込んできた食材を存分に使った愛情手料理を御馳走してあげよう!
 ――モブリットが!」
「俺ですか……!?」

目の下の隈は同じくらいの濃さだというのに、げっそりやつれて見えるモブリットの横で、嬉々とした表情の分隊長が高らかにそう宣言したのは、かれこれ一時間は前のことだ。突然指名された彼が狼狽するのも全く意に介さず、「だってモブリット料理上手いでしょ」と笑顔を向けた分隊長に、つっこめる勇気を持った班員はここにはいない。
曰く、――『こいつ、料理上手いんですか』という真っ当な疑問だ。
赤ちゃんはどこから来るの、と聞く純粋無垢な子供のようにまっさらな生まれたての疑問といってもいいと思う。

誰でも作れそうなサンドイッチを、寝食忘れて没頭している分隊長の口につっこむ姿を見たことはあれど、上手いと表現するからにはそれ以外の手料理も食べたことがあるんだろうが――それがいつで、どういう状況だったのか――考えないのがハンジ班暗黙のルールだ。
隠しているのかいないのか、それとも本当に何もない関係なのかどうなのか。
どの分隊長よりぶっ飛んでいて、けれども根底からは班員の誰もが尊敬してやまない女上司と、幾度も共に死線を潜り抜けてきた友人でもあり副長でもある彼と。二人の微妙なラインにある関係は、黙ってじっくり見守っているのがベターだろう。

強面代表ケイジは机にゴンと頭を打ちつけて存在自体を視界から消し、班員の中で一番若いニファは頬を赤らめているかと思いきや、瞬きもそこそこに二人の様子をじっと――動物がたまに何もない空間を見据えるような視線で――見つめているだけだ。俺はというと、眼鏡のブリッジを押し上げて、度が合わなかったことに気を取られ、何も聞こえなかった事にした。
たまにさらりとこぼされる邪推されそうな会話は、こうして各々聞こえないフリをするのに限る。

そうしている内に少なくない時間が経って、もっと適当な男料理を想像していた俺達の予想を裏切るいい匂いが辺りを満たし始めてきた。疲れと空腹がいい具合に刺激されて、胃の奥がきゅっと主張するのを感じている。
もう良さそうな気がするのに、なかなか給仕されない食事の匂いはある意味拷問に近い。
俺達に背を向けて休日の主夫よろしくお玉と小皿を掲げたモブリットが、何度も唸るように首を傾げている。

「本当に何を入れたか覚えてないんですか?」

後ろ手に組んで楽しそうに手際をのぞき込んでいた分隊長に、先程から何度目かの同じ質問を繰り返す。と、分隊長はモブリットの手から味見用の小皿を奪い、飲み干した後の唇をぺろりと舐めた。

「十分美味しいじゃん。これダメなの?」
「前にあなたが作ってくれたやつの方がもっとこう……まろやかさがあったじゃないですか」
「そうだっけ? えーでもこれすごく美味しいって」

また出た。俺らがつっこめないやつ。
前にっていつだよ、何で分隊長が副長に手料理振る舞ってんだよ。
それどんな非番のシチュエーションだ。
聞いていいのか? 聞けねえよ。

聞こえていないフリで、それでも何とはなしにじっと見ていた二人の背中から、再びそっと視線を逸らす。横で同じように視線を逃がしてきたケイジと目が合って、俺達は苦笑いで互いの内心を労い合った。ニファだけは、やはりやたら姿勢のいい座り姿のまま、上官二人を調査対象のように凝視しているが、これはいつものことなのでつっこまないでおく。
さて、分隊長のゴーサインにも納得がいかなかったらしいモブリットは、彼女の手から小皿を取ると、また少しだけ掬ったスープに口をつけて、唇を尖らせた。

「隠し味的な何かありませんでした?」
「ええー……あ、愛情?」
「もう入ってます。他に」

入ってんのか。え、なに、誰への。
モブリット、お前もさっきからうっかりさらりと言い過ぎだろうよ。
いくらハンジ班しかいないとはいえ、お前らもっと自重しろ。

そもそも俺達部下への労いで旨い物を食わしてくれるという話だったはずなのに、何でこんな新婚夫婦の料理風景を見守る会のような状況に置かれなければならないんだ。
心の中でつっこんだ俺とケイジの横で、相変わらずパッツリ切り揃えた前髪を微動だにせず二人を見つめるニファの視線も、若干細められて見える。
俺達のそんな様子を気にせずに、分隊長はモブリットにビッと指を突きつけた。

「かっる! 絶対入ってないね! モブリットの愛なんて、ふわっふわ浮いて、今頃一人で壁外まで行ってるね!」

まあ確かに言い方は完全におざなりだった。
ぷんとムクれてそう言う分隊長の口調は、巨人を前にハイテンションで無茶振りを敢行しようとする様子と若干被っているように見える。これはモブリットの宥めスキルが発揮されるか。

「失礼な。あなたの愛より大きいですよきっと」

そう思っていたら斜め下からのツッコミが出た。
分隊長の指摘へさらりとそんな台詞を吐きながら、モブリットは小皿へよそったスープへ、横手に置かれた幾つかの調味料の小瓶から、慣れた調子で黄色い粉をひとつまみ振りかける。

「それはないね。絶対私の方が大き――んぐっ」

そっぽを向き掛けた分隊長の口に、そのまま小皿をあてがった
一瞬険悪な雰囲気になるのかと肝を冷やしたが、どうやら単なる味見らしい。少しずつ傾けていくモブリットをジト目で睨みつつも、分隊長が飲み干したのを確認し、彼女の唇を濡らすスープの名残を指で拭く。
……いや、それはちょっと近くないか? 別の意味で肝が冷えるわ。自重しろって。本当頼むから。見てていいの? そういう触れ合い見てていいのか。お前の中でどこまでセーフよ。

「いかがです?」
「……だから美味しいってば。ん? あれ? さっきより好きかもこの味」
「だろうと思いました。ね? これはあなた専用の愛のおかげです。はい、じゃあ分隊長はこの間の味付け、何入れてたのか具体的に思い出してくださいね」

だから、おい。
俺達ちゃんと見えてますか上官ども――もとい、殿。
たまに二人で飲む時には、無意識に視線が追ってるよなと揶揄したくらいで酒のせい以外で赤くなるような男が、何で班員をギャラリーにした今、愛だの何だの言えてんだ。何だよ。いつの間に落ち着いたんだよ。あったのか。落ち着く何かがあったのか。んなもん思っても易々と聞けるか。
拭う為とはいえ上官の唇に触れるとか、それもうお前さ――いやでも口にサンドイッチ突っ込んでるし、やっぱりこれも微妙なラインか?

「だーかーらー、覚えてないんだってば!」

よほどその味が気に入っていたのか、再三問われた分隊長がとうとう両手を上げて宣言した。それでもまだ再現を試みている意外と凝り性なモブリットの横顔に困ったように眉を寄せて息を吐くと、おもむろにくるりとこちらを向く。
あ、俺達の存在忘れられていなかった。

「ねえねえ、ケイジ、この間のって私が何入れてたか覚えてる?」

あ、でも俺達との記憶は完全に捏造している。
食べたことないですし――というか、二人が食べてたことも知らなかった俺達が、覚えているわけがないですし。
とんでもないご指名を受けてしまったケイジが助けを求めるように俺達を見た。すまない、ケイジ。適当に乗り切れ。
あからさまに視線を逃がした俺の横で、今まで微動だにしなかったニファが、初めてその右手をぴしりと上げた。

「ん? なになに、ニファ思い出した!?」
「え、本当!?」

喜色を浮かべて身を乗り出した分隊長へ、モブリットもつられて俺達を振り返る。
しかしニファはやはり淡々とした表情のまま、上げた右手をそっと自分の腹に添えた。

「隠し味は愛でも何でもいいですけど、私いま、とてもお腹が空いて眠いです。なのでそろそろ」

イチャこいてないでご飯をください――さすがに口にはされなかったが、言いたい事はよくわかった。続く言葉は内心でハモった俺達の真意だ。

「あー!ごめんごめん!もうこんな時間だったね!ほら、モブリット!」
「うわ、本当だ!ごめん、今よそう!すみません、ハンジさん、パンを先に――」
「はいはーい」

おそらく真意は半分しかくみ取られなかったに違いないが、これでようやく俺達はいつもよりずっと豪勢な上官達からのサプライズ料理にありつけそうだ。本当に良かった。長かった。そして無駄に甘かった。
バスケットに入れたパンを真ん中に、深皿を運んでくれた分隊長のスープにだけ、先程の調味料をふるうモブリットを視界の隅に見えなかった事にして、俺達は互いの顔を見合わせた。
全員に行き渡ったスープからは、たっぷりの野菜と、肉の煮込まれた香りが漂う。

「いただきます!」

俺達用の愛の味に舌鼓をうちながら、またぞろ無意識な甘さで攻撃される前に自室へ待避しようと、俺達は一心不乱でスープをかき込むこと集中したのだった。
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