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ニファの観察日誌(抜粋) 【分隊長、副長観察日誌】 ○月×日 研究室のドアを開けると、今日も先に来ていらしたお二人に会う。昨日も最後まで残って実験結果をまとめていたのに、いったいいつお休みになっているんだろう。「おはようニファ、よく眠れた?」声をかけて下さった分隊長に満面の笑みで挨拶を返し副長にも黙礼をすると、「おはよう」と疲れた笑顔で言った副長が「あなたもニファを見習って寝て下さいよ」と窘めた。あれ、やっぱりもしかして昨日も二人で完徹したのかな。それは疲れただろうな。いやでもそれって朝まで二人きりだった? ……うん? ていうかそれはどこで? ここで? でも分隊長のシャツ昨日のインク汚れがなくなってるし、着替えはしたんだなとわかる。「寝たじゃん。ぐっすり快眠だったし」そう思っていたら、きょとんと目を瞬いた分隊長が言って、肩を竦めた。ああなんだ、生活態度全般に対するいつもの小言か。よく見れば分隊長は本当にすっきりした顔をされているし、対して副長がお疲れに見えるのは、たぶん――心労か何かかな。「あなたはそうでしょうけども」す、と目を細めた副長の言葉の意味を考えるより早く「モブリットも寝ないと。ずっと起きてる方が辛くないか?」「そう思うなら寝て下さいって」「だから寝たって」「一人で! ベッドで! ご自分の!」「ええー?」うるさいなあと両耳を塞いでしまった分隊長がコーヒーを入れに別室へ移動する後ろを、副長がガミガミ言いながらついて行く。 ……へえ……、は? 二人で、副長のベッドで寝たんだ? へえ、はあ、ふうん? 隠す気がないのは疚しいことがないからなのか、凡ミスなのか、いまいちわからない第四分隊第一班の朝は、毎回こんな爆弾発言で目を醒まされる。 ○月△日 廊下の先を行くお二人を発見。ちょうど裁可が必要な書類を持っていたので急いで近づく。まだ少し離れた位置からではあったけど、声を掛けようとしたちょうどその時、分隊長が大きく口を開けて欠伸をした。珍しい。あまり眠気を見せない人だと思っていたから。一晩中巨人について語り明かしても、死屍類累な他の面子を尻目に、お一人別の次元でキラキラしていたり、三徹過ぎて目の下の隈がどんなに色濃くなって見えても、ぷっつり倒れてしまうまでは全力疾走しているような人が欠伸。「大丈夫ですか」「うー……ん? うん、まあ……うん」くあっともう一度欠伸をして大丈夫と呟いた分隊長はぜんぜん大丈夫そうには見えない。体調不良ではないらしいことは、副長の機嫌で少しは察せられるけど、いつもの自業自得な態度に怒っているのとも少し違う労いが見えて不思議に思う。昨日そんなに大変な任務があったのかな。「だから早く寝て下さいとあれほど――」言い掛けた副長が、そこで思わずといったように口を開けた。さっきの分隊長のが移ったかのような大欠伸に慌てて口をぱしっと抑える。が、ジト目の分隊長にはすっかり見られてしまったようだ。からかうかな、と思っていたら、分隊長がご自分の肘でドンと副長を小突いてみせた。「寝かせなかったのお前だろ」「……あなたです」「よく言うよ」「そちらこそ」ドン、ドン、と小突かれる度に抵抗しない副長も僅かに肘で小突き返す。ちょっと、廊下で何してるんです。どこをどう解釈すれば正しいのか考えるだけ時間の無駄だ。それよりもこの書類、どのタイミングで渡せばいいのか、認印を待っているはずの兵長を思い浮かべて、私はお二人をどつきたくなった。 △月○日 先の壁外調査で、分隊長が少し大きな怪我をした。大きな、と言っても命に関わるようなものじゃない。ただ二の腕に傷が残るかなといった程度だ。原因は廃村の調査中、横手から突然現れた巨人の群と戦闘中に、倒壊した家屋の破片が腕を掠めたというのだから、誰のせいでもありえない。そんな場面は運の善し悪しで、勿論分隊長はまるで気にしていなかった。包帯が取れていつも通りにぶんぶん両腕を振り回して生体実験に勤しむ姿は変わらないのに、副長の方がまるで死にそうな顔をしている。その副長はといえば、次の破片の飛来から、文字通り、身を挺して分隊長を庇ったせいで、まだ頭から包帯が取れきっていないでいる。 「まだ頭痛いの?」「いえ、大したことはありません」「死にそうな顔してるけど」それ私も思ってました。休憩時間にコーヒーを入れたマグを渡した副長に、分隊長がそう言って笑う。それに答えて笑おうとして、失敗したとわかる副長が消え入りそうに「すみません」と呟いた。守りきれなかったと自責の念に駆られているのだと私でも知れる。でも、あれは、本当にどうしようもないことで、分隊長も、たぶんきっと副長自身もわかっていることだから、私達には何をどうすることも出来ない。「守ってくれたのに。感謝してるよ。君の方が大事じゃないか」「こんなもの、あなたの傷に比べたら!」つい語気が荒くなって、またすみませんと呟いた副長の手を、分隊長がぱしっと掴んだ。そのまま立ち上がり、そっと包帯の巻かれた頭に触れる。「君の方が残るよ絶対」「俺はいいんです、男ですから」「そういう差別は良くないだろ」「差別って……」「仕方ないな。ならモブリット責任を取れよ」「責任?」くしゃりと髪を撫ぜて、それから頬に手を滑らせる。「私の傷が残るようなら面倒を見て。私もこの傷残ったら、一生君の面倒見るから」ね、と笑う分隊長に、副長がぽかんと口を開けた。見ていた私も口を開けた。……はい? それ俗に言うプロポー……はい? 待って待って。私います。ここにいますし。あと先の壁外で、私も足に傷負いましたが。この責任は誰が、ちょ、え? 「今、残ればいいとか思ったろ」「お、もってません!」ニヤリと覗き込んで笑った分隊長に、副長が真っ赤になって抗議したが、見ていられなくて机に突っ伏した私の方が、おそらく赤かったに違いない。 △月×日 午後の立体機動訓練から戻ってきて、一番最初に目に入ったのが、向かい合わせで膝付き合わせた分隊長と副長が見つめ合っている所だった。しかも両手の指を交差させて絡ませながら。あれ、ここどこだっけと自分を疑い、入り口のプレートを二度見ならぬ三度見したが、いつもの分隊研究室で間違いなかった。私は何も悪くない。本当この二人何やってるの。「……あの」「お帰りニファ!」「怪我しなかったか?」二人ともちらりとも私を見ないまま、悪びれなく労ってくれる。甘い雰囲気というには程遠いけれど、そもそも上官と副官が両手を絡めるとかないと思う。あと距離が近い。びっくりするほど距離が近い。この空間に耐えられず、何をしているのか聞いた私へ、副長が「寝ないから」と言い切った。「だからこれ終わったら寝るってば」「それもう三度目です」「君が邪魔しなければ終わってた!」「一度ちゃんと寝たら、またしても良いですから!」「命令するなよ!」「お願いです!」ギリギリと角突き合わせて言い合う内容はいつもの事だ。が、額をごちりと合わせているのは、……ああ、ええと、今日で二、いや三徹目、かな……。第四分隊のオカンこと理性の副長もだいぶお疲れがピークのようだ。延々に続きそうな睨み合いの末、分隊長がようやく折れた。思い切り頬を膨らませ不満そうではあるものの、わかったよと唇を尖らす。それにホッとした副長が、送りますと言って席を立った。分隊長に手を差し出す。「部屋どっち」「片付いてます?」「資料はちょっと出てるかもだけど」「俺の部屋で。あなた出てるとすぐ読み始めるでしょう。すぐ用意しますから」「でも着替え」「ありますよ」「うん、わかった」……………………。もう、何だか最近考えるのに疲れてきた。手を繋いだまま研究室を後にした上官二人のいつもの会話を頭から閉め出し、私は自分のマグカップにコーヒーを淹れる為に席を立った。 □月×日 分隊長の様子がおかしい。 最初に気づいたのはやっぱりモブリット副長だった。私達にはいつものように見えた分隊長は、少し熱があったみたいで頭痛がするということだった。大したことはない、生体実験はないのだからと資料を読み続けようとした彼女を、副長がいつになく強引な調子で部屋に送り届けることになった。何だかんだ言いながら最小の抵抗で大人しく頷いた分隊長は、やはり調子が悪いようだ。夕方仕事が明けてから水を届けようと部屋に伺うと、中から会話が聞こえてきた。副長に先を越されたらしい。「もう大丈夫だ。迷惑かけたね」「迷惑はありませんが、心配しました」「……うん、ごめん。皆にも謝らなきゃなあ」大丈夫です、分隊長が元気になってくださるなら! そう言ってノックをしようとして「本当ですよ」「へへ、う――、んっ」カタン、と椅子の床を打つ音と、分隊長の驚いたような声が聞こえて、私は打つ為に握った拳ごと固まってしまった。「モ、モブリ……」「おまじないです。早く良くなりますように」薄く開いた隙間から、重なる陰が見えている。ギ、とベッドに覆い被さって見える副長が、分隊長の上から少しだけ上体を起こしたようだ。とうとう。とうとう私は現場を目撃することになるのか。「額から邪気が出るとかなんとか。民間の言い伝えですけど」言いながら副長がもう一度体を屈める。ちゅ、と小さな音がして、すぐさま分隊長がご自分の額を押さえたのが見えた。「お、おおおでこ、え、モ、え?」何だ、そこか。「大丈夫ですか……? 分隊長、熱上がってません?」「誰の……っ、いい、いや、もうわかったから!」「ハンジさん?」何度も額にかかる髪を流す仕草をしているらしい副長に、珍しく分隊長が赤くなってずるずるとシーツの中に避難しているようだった。いつも、もっとすごいことをさらっと言ったりしたりしている人と別人のようだ。ものすごく可愛い。そんな分隊長を間近で見つめる副長は、訝しげに首を捻ると「大丈夫ですか」と更に低めた口調で顔を寄せた。「ああ、やっぱり。少し熱上がりましたね」そう言ってもう目しか出ていない分隊長の額に額を当てている。何だろう……副長が甘い。ものすごく甘い。でもたぶんこれは本当に心配しているんだろうとわかる。だからこそ、分隊長も何も言えないでいるのだろう。ああ、水もう温くなっちゃったから、取り替えてこよう。私はため息を吐いて、分隊長の部屋の前から踵を返すことにした。 □月▽日 今日は珍しく分隊長が副長に頭が上がらない事態が発生。金属で出来た手錠がモブリット副長の左手にハマっており、どうやらそれを付けたのが、例によって例の如く分隊長の行き過ぎた行動からだったようだ。そんなにギリギリまで手首を締めるところまで締められてはいないようだったけど、分隊長は折りにつけ「あー……痛くないか?」とか「その書類持つよ」とかチラチラ副長を気にかけていた。その度「痛いですよ」「いいからさっさと仕事してください」等と返す副長は結構本気で怒っているように見える。そもそも手錠は木枠が多いし、あれは新しく開発された形か何かなんだと思う。対人用だろうに、強度や対巨人に向けた改良の是非でも副長で実験してしまった結果なのかもしれない。結局技巧班の工具で断ち切るしか方法はなく、夕方遅く、副長はようやく自由の身になれたのだった。約一日ぶりの解放にホッと息をつく副長の腕を、用意した熱いタオルを渡しながら分隊長が上目遣いで「ごめん」と謝る。うわあ、本当に反省している……!? すぐ様もういいですと言わない副長も珍しく、これはよっぽどなシチュエーションだったんだろうなと思わずにはいられない。と、副長が分隊長に鋭い視線を向けたまま言った。「ベッドの支柱、一本抜いたままですけど」「頭の所だし問題なくないか?」「そういう問題ですか」「ごめん、悪かった、反省してる」そういえば手錠のもう片方は、腕なんて入らないくらいの細さまで縮められていたなと思い出した。ベッドの支柱に繋がっていたのか。つまり、そこを壊して動けるようになったということ? ……うん? それってどういうプレ……? いやいやいや。あまり長く聞いていてはいけない気がして、私は終わった書類をまとめるとお先に失礼しますと部屋を出た。お疲れ、と口々に言ってくれたお二人が、扉の閉まりきる少し前、気配がふと動いた気がした。振り向いたら負けだ。「お詫びに今日は私にしてもいいよ」反省して、いつもより落ち込んだ分隊長の少し潜めた声が聞こえたりなんかしていない。「あれ、もうないから紐とか手とか――」聞こえてない。私は何も聞こえていない、ええ何も……! 翌朝「大丈夫ですか」と聞きながら分隊長の手首を気にする副長がいようとも、私は何も聞いていない。バタンと完全に閉まったドアの前から脱兎の如く走り出しながら、私はぶんぶんと頭を振った。 □月×日 あの二人は本当にわからない。夜間警備の担当当夜、担当交代を終えて仮眠室へ向かう道すがら、副長室を横目に通り過ぎようとした時のことだ。分隊長の姿があった。とうに消灯時間は過ぎていて、それでも兵服ならいつものことだと思えたが、完全に寝間着姿にガウンを羽織っただけの格好だった。部屋の前で何やら言い争いをしているようで、立ち聞きなんていけないことだと思いつつ、足に根が生えてしまったかのように動けない。「いいじゃないか」「駄目です」といった応酬が続き、睨み上げた分隊長が「君がそんなだから……!」と絞り出すような声を出した。困ったような顔で分隊長に手を伸ばした副長の目が廊下の先に佇む私と合ったのと「欲求不満なんだからな!」分隊長が叫んだのはほぼ同時で、私の喉がひゅっと鳴る。やっぱり――やっぱり分隊長と副長はそういう――……何とも言えない感情で頭と胸がいっぱいになって、変な声が出そうになる。けれど、一瞬だけ驚いたように目を丸くした副長が、そっと人差し指を立てて私に微苦笑をくれたのだ。シ、と唇だけで形作り、そのまま抱き寄せた分隊長に一言二言話し掛けると、まだぶすくれた彼女を自室に迎え――そうして早朝。警邏任務の交代を終えた私は、廊下で副長に声を掛けられて飛び上がるほど驚いた。「人を化け物みたいに……」傷つき顔の副長に思い切って昨夜の話聞いてみようか迷っていると「昨日は黙ってくれて助かったよ」先を越されてしまった。関係を?それとも他の何かを?悩む私の頭を副長が優しくポンと撫でる。「ニファが巻き込まれたら大変だ」私が、何に?ぽかんと口を開けた私に副長が説明してくれた。曰く、ここ最近危険性の高い実験から悉く暴走しがちな分隊長を外して進めていた結果、フラストレーションの高まった彼女が『チカチローニの所に行くぞ!』となったらしい。団長許可や、その他安全面の確保等、細かな書面許可を得なければならないし、それに時間的な問題もある。今日はもう寝て後日改めて――と、押し問答をしていた所に私が通りかかったということらしい。見つかれば、つれない副長の代わりに連れて行かれるのは自明の理で、だからこその『シ』だったということか。「あり、がとうございます……?」何だか色々疑問はあるが、何の衒いなく話す副長が嘘を吐いているようにも見えない。結局宥めすかしてどうにかしたのなら、大変だったろうなといつもの応酬を思い浮かべた私が「それで分隊長は……」「まだ寝てるよ」随分穏やかな表情で言われた副長の言葉に、どこでだよ、とツッコミそうになったのを、きっと副長は気づいていない。 ◎月×日 副長のお酒好きはちょっと有名だ。酒好き、というより、お酒に強いとか真顔で飲んでいるとかそういう話で、酒量が多いのはおそらく色々な意味で心労が多いからだろうと第四分隊では暗黙の了解というか何というか。対するハンジ分隊長もお酒は強い方だと思うが、楽しく酔うというタイプだ。それから少し、いつもより明け透けになる。「そういえばさあ」という言葉に始まる質問に私達はいつもビクリと肩を揺らす。「ケイジはもう告白したの?」とか「ニファニファ、キスする!? しちゃう!? ダメか!? 減るか!? それとも経験になるか!?」とか、明け透けというよりおっさんが入るというべきかも。基本は副長が適当な所で止めに入ってくれるのだが、今日は席を外していて、私がたまたま隣になった。一通り絡まれ終わり、せっかくだから私も質問しようと思った。「副長のこと、どう思いますか」酒のせいにしてしまえば、そのものズバリも許されると思う。一瞬驚いたように目を丸くした分隊長は、唸りながら右に左に首を傾げた。照れるでも笑うでもない、これは少し予想外。「うう〜ん……モブリット……? えええ、どうって、そりゃ優秀な副官だと思うよ? 気も利くしちょっと小煩いけど優秀だし、優秀だけどさ――」「優しいですか?」「優しくないよ!? いや、優しい――……優しいけどね? いや、でも、ええー……」何をそんなに迷うことがあるんだろう。てっきり酒の勢いでノロケられたり、斜め上のお二人の関係を暴露されることも覚悟しての質問だっただけに、分隊長のこの態度は大いに予想外すぎた。不思議に思って名前を呼ぶと、困惑しきりの表情で分隊長が私を見る。「でも彼、結構強引な時もあるよ?」実験の時の話だろうか。カップに口を付けながら首を傾げた私へ、ガシガシと頭を掻きながら更に唸った分隊長は「ええとね、だからさ」と言いにくそうにもごもごと口を動かした。「……ケイジが泣くよ?」何故そこでケイジが。言葉の真意を考えて、私をじっと見つめる分隊長の視線に、私はハタと思い至った。もしかして、ものすごい勘違いをされているんじゃ……? それでまさか、私が副長をどうこうとか――――、やだそれ絶対ありえないです分隊長。むしろ私は分隊長と――いや、そうじゃなくて、えええ、どうしよう。まさかの勘違いでそんな困った顔をしてるんですか。どうしよう、分隊長が可愛い。ものすごく可愛い。いつも凛として真っ直ぐで、大輪の花のように私達を照らしているようなこの人が、こんな――これは副長もそりゃあ堪らないだろうな。そう思わずにはいられない。というか、どちらかと言えば<分隊長←副長>なのかと思っていたのに意外と<分隊長→副長>でもあるんだ。へえ? なんだろう、ちょっとイラつく。「私、分隊長の方が大好きですから!」徐に告白した私に驚いて、それからへにゃりと相好を崩した分隊長に思わずときめいてしまったのは、たぶんこれも可愛すぎるから仕方なかった。 【FIN】 第四分隊の分隊長と副長の日常を曇りなき眼で見つめて記した班員ニファの日誌より(一部抜粋) |