酒の失敗は蜜の味




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「ガキみたいなキスをしたわけじゃねえんだろう?」
「……まあ、それは」

挨拶で頬に落とすキスや、小さな子供にされるようなキスであったなら、ここまで後悔することはなかった。
頭を抱えたい情景が浮かんで、モブリットはすっかり氷の溶けたグラスを手の中で遊ばせる。
あの部屋にソファやベッドがなくて幸いだった。あの勢いで、酒のせいにして、最後までしなかった自信がない。
自分はもっと理性的だと思っていたのに。

「……いいじゃないですか、もう。覚えられてすらいないんです。なかったことに」
「馬鹿か。んなもん忘れる奴がいるかよ」
「え?」

自棄気味に言ったモブリットへ、リヴァイが呆れたように眉を上げた。
瞬く間にグラスへ更に注ぐ仕草を見せられて、モブリットは慌てて薄まった酒を咽喉の奥に流し込む。

「いや、ですが」

ハンジは覚えていなかった。
結局休める場所のない空き部屋でいつまでも抱きかかえているわけにもいかず、モブリットは小さく声を掛けながらハンジを抱えて部屋を出た。それからどうにか近場の自室へ運び入れ、ついうっかり邪な目を向けてしまいそうになる自分に辟易として、モブリットは酒盛りの部屋へと戻ったのだ。空き瓶やグラスを片づけ、椅子に座り机に突っ伏して、まんじりともしない朝を迎える羽目になった。
翌朝そこに飛び込んできたハンジの第一声は「ここで寝たの?」で、続く二声は「……なんかごめんね? 迷惑かけた?」だ。
まっすぐ自分を映すアンバーの瞳にもその表情にも照れや迷いは感じられずに、モブリットはふっと笑った。「……すみません。俺の部屋の方が近かったので、さすがに力尽きました」交わした熱の行方は知らない間に霧散したらしい。声がいがらっぽくなってしまったのは、胸の内からせり上がってくる想いのせいではなく、きっと昨夜の酒のせいだ。「一緒に寝れば良かったのに」だなんて何の衒いもなくハンジが言うから、モブリットもいつもどおりに笑うしかなかった。
記憶の片隅にでも覚えていたら、きっとああはならなかったはずだから。

「彼女は本当に」
「いいことを教えてやる、モブリット」

自嘲を乗せたモブリットのグラスに新たな酒を注ぎながら、リヴァイは淡々とした口調で言った。

「一昨日のメンツで酒に飲まれて記憶を飛ばすのはゲルガーとミケだけだ」
「………………は?」
「顔に出るのと実際に酔い潰れるのはわけが違う」
「え? え?」

それくらいはわかっている。
赤くなるからといって酔ってるわけでも、顔に出ないからといって酔っていないわけでもない。
けれど、それが当てはまるなら、彼女はどうして――

「酔った勢いはあるかもしれんが、酒の勢いでもつけないと出来なかったというとこか」
「は? ……え?」
「十代のガキかよ。やることやって結論だけ先送り? 普段通りが聞いて呆れる」

くつくつと珍しく笑いを乗せたリヴァイが手酌で自分のグラスにも注いだ。

「分隊長と副長が思春期……ぶっ」

自分の台詞に耐えられなくなったのか、グラスに唇を寄せる手前で吹き出して、リヴァイは机に突っ伏してしまった。何がそこまでツボに入ってしまったのか。酔わないはずのリヴァイがまさか酔っているのか。いや、それ以前に、今聞き逃せないことをリヴァイは言わなかったか。

「ぶ、分隊長は関係ありませ――」
「他にいたか。女なんてナナバにしてたら殺されてるぞ、ミケに」
「しませんよ!?」
「ハン――ぶっ、だろう? いや、名前は言わないんだったな。悪い」

ほとんど口にしたも同じリヴァイは途中でまたも吹き出して、それからわざとらしく真面目な口調を取り繕った。

(……消えたい)

この先関係がどうなろうと、おそらく一生言われるに違いない。
それを思うとモブリットは心の底から口を滑らせた自分を呪いたくなった。

「モブリット。今からあいつの部屋に行ったらどうだ」
「はあ!? 何でそんなことを――」
「手土産に残りの酒でも持って行け。続きはどうだとでも言ってみればいい」
「で、出来るわけないでしょうが!」

もう嫌だ。部屋に戻りたい。
酒のボトルを真顔で押しつけてくるリヴァイに、モブリットは身体ごとで拒絶して、わっと机にうつ伏せた。
どれだけ飲んでも酔わないリヴァイとモブリットの会話はつまり素面だ。酒の勢いでも、酒で記憶が飛ぶわけでもない。

「おい、思春期。今行かねえなら、エルヴィンにお前の転属願いを兵士長自ら願い出るぞ」

そして彼がこういう冗談を言わないことをモブリットは知っていた。だからつまり。リヴァイの提案は、揶揄ではなく本気なのだ。モブリットが動かないのなら、彼はおそらく明日にでもモブリットを自分の班へと転属させようと動き出す。あっさり従うつもりはなくとも、手続き諸々が面倒になるのは必至だろう。
顔を上げ、忌々しげに睨むモブリットへ、リヴァイは眉間に皺を寄せたいつもの表情のまま、ボトルをずいっと押して寄越した。

「……職権乱用ですよ」
「持ってるものは使う主義だ。無駄にするのは主義に反する」
「あんた、面白がってるだけでしょうがっ」
「恋の架け橋様だろうが。感謝しろよ」

そこまで言うと、リヴァイはにやりと口角を上げた。話は済んだとばかりに、モブリットへ手を払うような仕草まで見せる。

「く……っそ……!」

酒の席の失敗は、もっと若い内に二、三見繕っておけば良かった。
何だって今頃。若くもないから笑えないのに。
もう完全にこちらを見る気のないリヴァイの横顔に毒づいて、モブリットはボトルを胸に抱き寄せると、行くしかない己の運命にギリリと歯噛みしたのだった。


【END.】


モブリットとリヴァイは仲良し設定めちゃんこ推奨です。
酒の失敗と言いながら、自分を抑えられなくなった言い訳にしている大人ずるいモブハン最高か。