たぶん触れた秘密の感情(01) それはフレイアの何気ない一言から始まった。 曰く、「ケイオスの人らにグラビア見られるの、ゴリゴリ恥ずかしい……」とのこと。 新曲の発表に合わせて新しく撮影されたワルキューレのPVは、初回予約特典として、メンバーのブロマイドが一枚ダウンロード出来る仕様になる予定だ。候補として出来上がってきたスナップを各自で選択中に漏らされたその言葉は、新鮮な空気をメンバー内にもたらした。 そもそもが戦術音楽ユニットとはいえ、いまや銀河音楽チャートの連続上位を独占するほどの人気を誇るワルキューレだ。この機に得られる資金をみすみす逃す民間企業はない。けれど確かにグラビア撮影ともなれば、音楽に付随する、という側面より、見た目を楽しませる、ということに主眼が置かれるもので、普段とは違う格好で、日常にはないポージングを要求される。 フレイアの新人らしい初々しさのある発言に、最初に絡んだのはマキナとレイナだ。二人はきょとんと瞬いた目を見合わせ、フレイアに向き直った。 「ケイオスの、じゃなくて、ハヤハヤに、でしょ?」 「ふえっ?」 「好きな男に舐め回すように見られる……燃え上がる、夜」 「すっ、ち、ちちち違うかんねっ!?」 両脇に移動した二人に挟まれたフレイアは慌てて否定するが、先端のルンは面白いくらいに赤やピンクへと激しい点滅を繰り返している。当人はまだはっきりと自覚しているわけではなさそうだが、ハヤテへの好意は十中八九間違いない。こういった話が大好きなマキナとレイナの手にかかれば、尽きない話題の提供先としてイジられるのは必至だった。 ルンに負けず劣らす真っ赤な顔であわあわと否定するフレイアの背中から、美雲がするりと腕を回した。 「ひゃわあっ! みっ美雲さん!? な、何で胸揉ん――あわわわわ!」 「大丈夫。グラビアは所詮媒体だもの。実際にこうやって触れられるわけじゃないのよ」 「へっ? ひゃわっ! は、はい、それはわかっ――ふわぁぁああ!」 「――こら、美雲」 小さな身体を必至で捩っているフレイアを見かねて、カナメはソファから立ち上がった。マキナやレイナと違い、からかっていたわけではないらしい美雲の腕からフレイアを救出する。美雲は美雲なりにグラビアの必要性を説いていたつもりなのだろう。が、身体をまさぐられ過ぎたフレイアの顔は真っ赤で、息も絶え絶えだ。 よしよしと頭を撫でてあげれば、フレイアはひっしとカナメにしがみついてきた。 「カ、カナメさぁぁん!」 「もう。みんな、からかいすぎよ」 それぞれを目で叱りながら見回すと、マキナがちろりと舌を出した。 「ごめんね、フレフレ。あんまり可愛くてつい〜」 「ウブな反応にズギュン」 「私は別にからかったつもりはないのだけれど」 確信犯な二人の横で呟く美雲には苦笑で頷き返して、カナメはフレイアをソファへと座らせた。その隣に腰を下ろすと、微妙に寄り添ってくる動きが何ともいえず可愛く思える。 よしよしと宥めるように肩を抱きさすりながら、ローテーブルの上に広げてある写真を見つめるフレイアのルンが次第に落ち着きを取り戻していくのを待って、カナメはその中からはにかんだような笑顔でこちらを見つめるフレイアの写真を手に取った。 「これなんかすごくいい表情してると思う。でもやっぱり撮影はまだ少し恥ずかしい?」 「うーん……少し。あっ、でも嫌いとかじゃないんよ! 撮影自体はめったに着られない衣装とか着れて、ワルキューレに入ったー!って思えて、緊張はするけどゴリゴリ楽しいし!」 黄色味かかった色を放ってピンと主張するルンを見れば、それが本心だとすぐにわかる。 向かいのソファに並び直して座ったマキナとレイナが、別の写真を取りながら首を傾げた。 「じゃあ本当にフレフレは知ってる人に見られることが恥ずかしいの?」 「ハヤテに何か言われた、とか……」 「うぅっ」 レイナのぼそりとした指摘が当たったらしい。また一瞬で色を変えたルンに思わず四人の視線が集まる。それに気づいたフレイアが慌てて両手でルンを押さえた。 「……そうなの?」 「女神のやる気を削ぐなんて見過ごせないわね」 「えっ、なになに? ハヤハヤ、何て?」 「卑猥な単語で言葉攻め」 思わず身を乗り出した四人に気圧されるようにしてソファの背凭れに逃げたフレイアが、ぶんぶんと大きく首を横に振った。 「たっ、たたたた大したことじゃないんよ!? 本当に! 本当に、ただ、その、あの、」 言い淀まれて、更にぐいぐいと詰め寄りがちになってしまったカナメ達から身を守るように、フレイアはソファの上で膝を抱えた。それからチラチラと上目遣いにぐるりと全員を見回して、観念したように口を開く。 「お、おまえ、こういう顔もするんだなー、って……」 「……」 「……」 「……」 三者三様の沈黙が落ちた。 尻すぼみになりながらも頑張って伝えたフレイアは、ルンと頬の色がほとんど同じ赤に染まっている。マキナは今にも「きゃわわー!」と叫び出しそうに両拳を強く握り、レイナも珍しく生クラゲを前にしたときのように瞳を大きく煌めかせていた。言葉に出さないまでも、美雲も目尻を随分やわらかく下げてフレイアを見つめている。 そうしてカナメは―― 「……え、それだけ?」 沈黙を破って放たれたカナメの一言に、フレイアの顔からボンッと火が出たような気さえした。三人の視線が光るルンから一斉にカナメへと向けられる。きょとんと碧く澄んだ瞳に疑問を張り付けてメンバーの視線を受け止めたカナメに、マキナが身を乗り出してきた。 「カナカナひっどーい! 今のはひっどい! フレフレのきゃわわな恋バナを大人の理由で一刀両断したー!」 「え? だってそれ褒め言葉よね……?」 「乙女心を忘れたオンナ……汚れてる」 「な、なんで……?」 「カナメ。あなたにも羞恥心くらい持っていた時期があったでしょう? そういう話よ?」 「待って、美雲。あなたの羞恥心だけは聞き捨てならない」 ワルキューレメンバーからの止まない非難に、カナメは困惑気味に眉を下げた。 そんなに悪いことを言っただろうか。ハヤテの言葉はおそらくただの褒め言葉だ。前回のグラビアを見てそう言ったというのなら、フレイアは物憂げな表情にも挑戦していたから、いつも元気な彼女にほんの少し色香を纏わせたその表情で、彼も動かされたものがあったのだと推測出来る。それの何が問題なのだろう。 撮影自体にはワクワクしていると言っていたのはフレイアだ。その結果を認められたなら、嬉しくなりそうなものなのに。隣でリンゴのように真っ赤になっているフレイアのルンは、眩しいくらいの輝きを放っている。 「ええと……あの、ごめんね?」 「いえっ、いいえ! あの、ご、ごめんなさいっ。あ、あんまりそういうこと言われたことなくて、それで、その、この間の写真集、ハヤテが買ってくれてたみたいで、いきなりそう言われて、ゴリゴリびっくりしたっていうか……」 「わかる、わかるよー! 言われて急に意識しちゃうってあるよねえ。カナカナは、そういう経験ないの?」 一生懸命なフレイアの言葉に、マキナが力強く頷いた。 若干の非難を滲ませながら矛先を向けられて、カナメはうーんと首を捻る。 言われて、意識しちゃうこと……? 「アイドル時代は出来ないことの方が恥ずかしかったから、むしろこんな表情も出来るんだね、なんて褒められたら、単純に次も頑張ろうって喜んでたかなあ」 「あ、そっか。カナカナはアイドル出身だったんだもんね」 言われたことをがむしゃらにこなしていた青春時代は、今より気持ちが逸っていた気がする。何に対してもひたすら必死で、今のフレイアのような素直な心はどこかに隠していたような気もした。 「へえぇ〜! カナメさん、ワルキューレの前はアイドルやったん!? めっさゴリゴリのプロー!って感じで格好ええねぇ!」 「ありがと。でもそっちでは結局売れなかったんだけどね」 アイドルという単語にか表情を輝かせたフレイアに微笑して、カナメはその額を指先で優しく小突いた。 「フレイアももう立派なプロよ。私たちと同じワルキューレのメンバーなんだから」 「ほいな! ん〜〜〜っ! 私も、もっともーーーっと頑張るかんね!」 満開の花が咲きこぼれるような笑顔で、両手を天井に向けバッと開いてみせるフレイアは素直に可愛らしかった。最年少の屈託のない笑顔に惹かれて、みんなの顔にも自然と笑顔がこぼれ始める。 ほのぼのとした雰囲気で会話も和やかに終了するかに思われたところで、マキナが「あのね」と手を打った。 「どうしたの?」 「カナカナが本当にグラビアやダンスで照れたことないのかな〜って考えてみてたんだけどぉ……」 「え? また私?」 もったいぶったように人差し指を目の前で振ってみせるマキナの中で、話は終わっていなかったらしい。戸惑うカナメに次の瞬間びしっと音が聞こえそうな勢いで指を突きつけたマキナは、得意満面で言った。 「ズバリ! アラド隊長に言われたら!?」 「――アラド隊長に? 何を?」 「だーかーらぁ! 隊長に『このカナメさんの表情、色っぽいですね』みたいなことを言われたりしたら? どうどう〜?」 「どうって……」 わざと声を低くして、しかつめらしい表情をしたマキナはアラドの声真似をしたようだ。殊更ずいっとカナメに指を近づける。 フレイアとハヤテとの距離間に近しい人物を引き合いに出そうとしたらしいことはわかったが、その真意がわからなくて、カナメははてと小首を傾げた。 アラドには確かに昔からいろいろと相談に乗ってもらっているし、信頼もしている。距離の近い異性といえばそうかもしれない。だが彼の場合、距離が近いというより、それこそお互いのチームに関しての立ち位置が近いのだと思う。もっとも異性としては認めているので、男性評の人気獲得という側面で、ワルキューレの販促に関して意見を聞いてみることもなくはない。 そのアラドにグラビア写真を褒められたなら―― 「――普通に嬉しいと思うけど……」 「えええ〜っ! つまんないー!」 そんなことを言われても。 期待していた答えではなかったらしいマキナは天を仰ぎ、脱力したようにソファに凭れた。隣のレイナが慰めるようにそっと彼女の背中に手を当てて、「カナメは手強い……」と呟いているが、あまり意味はわからない。 戦術音楽ユニットとして、パフォーマンスの向上を図ろうと持ちかけてくれたのはそもそもアラドだ。そんな彼はもちろんワルキューレを応援してくれてもいる。喜んでいけない道理はないはずなのだが。 「だって、アラド隊長はずっと私たちのグラビアやPV、買ってくれているわよ? 経費で落ちるわけでもないし差し上げますっていつも言ってるんだけど、ファンでもありますからって。この間の最新版も持ってたし……」 今のメンバーになる前も、なってからも変わらず応援してくれている心強い人物の一人だ。そういえば他のメンバーは知らなかったのかと気づいて、カナメは彼が言っていたそれぞれの評価を伝えることにした。 「フレイアのちょっとはにかんでたあの写真ね、隊長が健康な色気はこの先どんどんニーズが増えるでしょうねって太鼓判押してたわ」 「ふわわ〜! 見てくれてたんね? う、嬉しいけど、ゴリゴリ恥ずかしい〜!」 またフレイアのルンが可愛らしい色に染まった。両頬を押さえる仕草に笑いながら、カナメはソファの前に座るマキナとレイナにもアラドの言葉を伝える。 「レイナの貴重な笑顔はマニアの独占欲を刺激するし、つい課金して続きを見たくなる気持ちが分かるそうよ。マキナの色気のあるピンクレースは、毎回狙われてるとわかっていてもやっぱり可愛くていいですねって」 「マニア受け……、そう、私は安くないオンナ……。アラド、わかってる」 「へ〜。ちょっと意外。ちゃんと見てくれてるんだ。で? カナカナとクモクモのことは何て?」 マキナはすっかり感心したような口調になっている。 いつも少しおどけて見えるアラドの評価は上がったらしいと思いながら、カナメは「ええと」と記憶を探った。 「私は、ほら、黒いストッキングで足を組んだのがあったでしょ?」 「あったあった。カナメさん、色っぽかった〜」 「ありがと。あれにね、組んだ足がそそられます。たまらないって」 「……それは」 「ちょっとセクハラ……?」 「そう? 嬉しかったけどな」 そういうコンセプトで提案され、撮影に望んだ一枚だった。だからそれに目を留めてくれたアラドの評価は非常に嬉しいものがあった。思わず「本当ですか」と飛び跳ねて喜びそうになったとき、アラドの隣に立っていたメッサーがほんの僅かにこちらを見て、すぐに視線を戻されてしまったことを、カナメはふと思い出した。 そういえばメッサーはいつもそうだ。食事も誘われてくれないし、新曲のコスチュームに感想を求めても「自分にはよくわかりません」の一点張り。写真については基本的に会話に加わってくれたことはない。そればかりか興味はないと言わんばかりに、いつも足早に去っていってしまう。 唯一歌に関してだけは「良いと思います」と言ってくれるが、具体的な褒め方は一切してくれない。だからといって、任務として共に行動することを嫌う様子は一切ない。それどころか率先してカナメのパフォーマンスを盛り上げてくれるきらいすらある。 とどのつまり、メッサーはカナメの芸能関係に関して興味がないのだ。ただそれだけだとわかっていても、素気無い態度をされてしまえば、そんなに駄目かとさすがに落ち込んでしまうことはある。 「カナメ?」 「あ、ううん。ええと、美雲のことはね――」 気を取り直して、カナメは続けた。 「ミステリアスな中にアンバランスな幼さが見えて、その加減が絶妙だって」 「それ、前にも言われたことあるわね。アラドには私が幼く見えるのかしら……」 「単純に好みなんだと思うわよ? つい構いたくなる一枚だって絶賛してたから」 「アラドに幼女趣味疑惑……」 「クモクモ、ワルキューレきってのお色気担当なのにねぇ。でもちょっとわかるかも」 不満というわけではなさそうだが、少し考え込むような表情を見せた美雲は気にせず、マキナが何度も頷く。 「アラド隊長、いっそワルキューレのコラム書けるんじゃない? う〜ん、でも確かにこういうのは嬉しいかもねえ」 「うん、悪くない」 「でしょう?」 二人の同意を受けて、カナメの隣でフレイアもうんうんと頷いている。近しい知人に見られる気恥ずかしさは、もちろんカナメもわからなくはないが、これが仕事だと思えばこそ、それは一層の励みになると思っている。そそられる、と評価されたら、次の撮影はもうワンランク上のそそられ具合を目指したい。 「ねねね。じゃあメサメサは? 私たちのこと何か言ってるの聞いたことある?」 職業意識でいえばおそらく同じように高いだろうマキナが、周囲の評価を意識するのは当然の流れだ。けれどそう問われて、カナメは内心で息をついた。 そこが気になる気持ちはわかる。聞きたいと思うことは普通だと思う。アラドとメッサーはデルタ小隊のワンツーなのだ。行動を共にしていることも多い。食事に誘おうとカナメが声をかけるとき、そこにはほぼ常に二人がいる。 けれどワルキューレの活動に関していえば、ワクチンライブの飛行域の意見くらいしか、カナメはメッサーからは聞いたことがない。 「メッサー君は、あんまりこういうことに興味がないみたいだから」 テーブルの上に広がるみんなの写真は、どれもよく出来ていると思う。それぞれが個性に訴えて、可愛く、切なく、色っぽい。けれど例えばここにメッサーがいて、「右と左でどっちがいいと思う?」などと聞いたところで、きっと「自分にはよくわかりません」と言うのだろう。 「そうなの? メサメサ、男の子なのに?」 「メッサー、超不健全」 「こらこら」 多様性のある五人といえど、たまたま彼の趣味の範疇にないだけでその言われようはあんまりだ。苦笑しつつ窘めようと口を挟みかけたカナメの横で、フレイアがきょとんと首を傾げた。 「そうなんかね? でもメッサーさん、カナメさんのブロマイド持っとったのに?」 「え?」 いつの――、ではなく。初耳だ。メッサーがワルキューレの、しかもカナメのブロマイドを持っているだなんて。 欠片もそんな素振りを見せられたことのないカナメは、ぽかんと口を開けてしまった。どういう経緯で、なんで、メッサーがブロマイドを。 「あっ、それってもしかして、私がジクフリちゃんのコックピットに持ち込みどうぞって、デルタ小隊のみんなに渡したあれ?」 と、思っていたら、マキナが思い出したように両手を打った。フレイアが身を乗り出して笑顔で頷く。 「それそれ! ハヤテが断固拒否して、アラド隊長たちに笑われとったってミラージュさんから聞いとったんやけど、メッサーさんは結局手帳に挟んどるって」 「そんなことしてたの? パイロットにあんまり無茶させたらダメよ?」 種明かしをされてしまえば、他愛のない悪戯だった。当たり前だ。メッサーが自分からカナメのブロマイドなど持つ理由はない。それなのに一瞬本気で理由を考えてしまったカナメは、腰に手を当てた諫言で誤魔化すしかなかった。 どうせ整備中の雑談からか、マキナとレイナの思いつきからだろう。パイロットたちへ、それぞれの護衛対象のブロマイドを無理矢理渡す光景が想像できる。押しつけられて困っただろうメッサーの姿までリアルに浮かんできてしまった。 旅客機やプライベート機のコックピットではない。ジークフリードは最先端戦闘機だ。見ただけでも目眩がしそうなほど敷き詰められたコンソールのどこに、余計なものを置く隙間があると思うのか。一瞬一瞬の判断の邪魔になるかもしれないものは排除されて然るべきだ。 カナメよりもその辺りをよくわかっているマキナが仕掛けたというのなら、本当にからかっただけなのだろう。受け取りを断固拒否したハヤテとは違い、とりあえずは受け取って、けれど勿論愛機に乗せることもしたくない。かといって捨てるのも悪いし、と考えた末、仕方なしに古い手帳に忍ばせておいてくれたというのなら、それはメッサーの最大級の優しさだ。 いつの頃のブロマイドか知らないが、申し訳なさでいたたまれなくなってきた。 「でもメッサー。少し前、フレイアの表情を褒めてた。興味、なくはないと思う」 「え?」 不意に呟かれた言葉に顔を向けると、顎に手を当て考えるポーズをしたレイナがフレイアを真っ直ぐに見つめていた。言われた当の本人はといえば、きょとんと大きな目を瞬いている。それからややもして、「ああ!」と両手を打った。 「そうやった! こないだハヤテとミラージュさんが写真集の私のとこを見とったとき、3ページ目のと5ページ目のとどっちがいいかってなって、ほんでメッサーさんが二人と違う方って言って、ハヤテが意味分からんとか言っとって、そんで――……」 次々に思い出した会話を楽しそうにし始めたフレイアに、またマキナたちの揶揄が飛び、ルンが可愛らしい色に光り始めた。後ろで成り行きを見守っていた美雲も、フレイアの反対隣に座り直して、前後左右に挟まれたフレイアは、わたわたと全身を使って弁解に必死だ。 けれど彼女たちの楽しそうな様子を前に、カナメは内心で驚いていた。 (メッサー君が? 写真を? 褒めてたの?) 会話の流れを考えれば、前回の写真集を買ったハヤテが、ミラージュと共に見ていたところへメッサーが通りがかったといったところだろう。けれど、カナメがいくら写真の精査に悩んでいても「自分はよくわかりません」ばかりで、見てみようとすらしてくれたことはなかったのに。 フレイアの表情なら3ページ目より5ページ目。ああ、うん。確かにそう思う。あれは本当に可愛かった。カナメもその場にいたら、迷わずそちらを推していた。でも、じゃあ、私は? 12ページ目から私がいたけど。どう思ったの? それともやっぱり見てもいない――? 「――カナメ?」 「カナカナ?」 いつの間にか悶々と考え込んでいたらしいカナメは、美雲とマキナの声で我に返った。 「カナメさん? どうかしたんかね?」 「――ううん、なんでもないの。ごめんね、ちょっとボーッとしちゃった。そっか。メッサー君に褒めてもらえたんだ。良かったね、フレイア」 「ほいな……?」 心配そうに覗き込んでくる面々に、にこりと微笑んだつもりだったのだが、フレイアは不思議そうな声で返事をした。何かおかしかっただろうか。美雲は仕方ないわね、と言ったように肩を竦め、レイナは目を僅かに見開き驚いているようだ。 「どうかした……?」 自分を見つめる彼女たちの表情を訝しみながら聞いたカナメへ、何故だかマキナは一人宝物を見つけたかのようにキラキラとした瞳を向けた。そのまま頬がにんまりと奇妙に持ち上がっていく。可愛い顔が、今ばかりは多少顔のラインが崩れて見えるが大丈夫だろうか。 そんな心配をしていると、マキナはその顔のまま、ローテーブルを挟んだカナメの前に身を乗り出してきた。 「もしかしてもしかしてぇ! カナカナ、さっきの質問変えるね!」 「さっきの?」 突然テンションも高く、マキナは瞳を爛々と輝かせて宣言した。 何かのスイッチでも入ってしまったのか。にんまりとした顔を一瞬で真顔に戻したマキナは、今度はすっと半眼になった。それから写真をいくつか選び、カナメの写ったものを前に示して見せる。 それは、次の特典用ブロマイドの候補に挙げているうちの一枚で、ベッドに寝転がったカナメが写っているものだった。 アラドを真似した時よりも声を低めたマキナが、そのスナップにそっと唇を寄せる真似をする。 「『……この写真、色っぽいです、カナメさん』、とかとかとか! メサメサに言われたら〜!?」 「何でそこでメッサー君?」 「女の勘!」 マキナの言動が意味不明だ。同じ銀河系の共通言語を使っているはずなのに、彼女が何をしたいのかわからないまま、カナメは周囲に助けを求めて視線を上げた。けれどフレイアは興味津々といった態度を隠しもせずにカナメを見つめているし、レイナはそもそもマキナの味方。美雲に至っては静観の構えを崩すつもりはないらしい。 「よくわからないんだけど……」 「いいからいいから。想像してみて? ねねね、緊張する? 照れちゃう?」 「メッサー君、そういうこと言うイメージないから想像が難しいのよね……うーん……」 いいからいいからと急かされるまま、カナメは大人しく腕を組んで目を瞑った。脳裏に真っ先に浮かぶメッサーは、礼儀正しく自分に礼をして去って行ってしまういつもの横顔と後ろ姿だ。ほらみたことか。想像することすら難しいと、誰にともなくカナメは毒づきたくなってきた。薄眼を開けると、やはり自分に注目されているのがわかるから、仕方ない。想像を続ける。 (ええと……………とりあえずメッサー君をどうにか引き留められたとして、写真を見てもらう……ってハードル高いなあ) あのメッサーが、そんなに簡単に見てくれる気がまるでしない。いやいや、見てもらわないことには想像すら先に進めない。見てもらったことにしよう。ちょうどカナメの中で二枚に絞っている特典用のスナップがここにあるではないか。ちょうどいい。これを想像の中で彼に差し出すところからスタートしてみることにする。 (メッサー君だったら、どっちが好き? とか聞いてみて……) 普段からあまり表情の動くところを見ないメッサーが、満面の笑みで見比べている想像はさすがに無理があったが、男の子らしくちょっと照れ臭そうな表情で「どちらかといえば」の前置き付きで教えてくれるならあり得そうだ。生真面目な彼の口からぶっきらぼうでも「こっちの方がいいと思います」なんて言われたら嬉しいし、そんなメッサーはだいぶ可愛いのではないだろうか。 そこまで想像して、カナメは自然と微笑を浮かべながら目を開けた。 両手を握って目を輝かせたマキナがカナメの言葉を待っている。 「うん。やっぱり嬉しいかな」 「もおおっ! カナカナ、つまんなーーーーい!」 にっこりと笑顔で答えたカナメに、マキナは大きな声で叫びながら、レイナに抱きついたのだった。 ********* 【 ⇒ 】 カナメさんが販促用に選ぶ自分のブロマイドについてどれにしようか悩んだ結果、メッサー君に意見を聞くお話。 ワルキューレのメンバー全員で、天然リーダーがどうしたら恥ずかしがるのか考えたりしています。 |