朝焼けの待つ夜に(1) 「おかえりなさい」 「ただいま戻りました――って、カナメさん?」 誰もいないとばかり思っていた女子寮のエントランスを通ってリビングに入ったミラージュは、思わぬ人物の姿に足を止めた。おかしい。スケジュールは何度も確認しているが、今夜は自分一人の予定だったはずだ。カナメはもっと帰りが遅くなるのではなかったか。 けれど、いつもの指定席ともとれるソファに座るカナメはラフな部屋着に着替えており、ローテーブルの上には既に二缶ほど空けられた缶ビールが置かれている。 「今日はスポンサーとの懇親会だったんじゃないんですか?」 「そうなんだけど、顔出しは終わったから二次会はパスさせてもらっちゃった。途中で美雲がきてくれたから代わってもらったの。あ、アラド隊長も了解済みよ?」 「そうなんですか」 テーブルの上のビールは確かそのスポンサーが出している銘柄だ。数年前からカナメがイメージキャラクターに選出されて、銀河ネットで何度も流れているので覚えている。 酒に強いらしいカナメはさほど酔っているわけでもないらしかった。 今夜の彼女の護衛に就いたのはアラドだ。その彼がOKを出したというのならミラージュが口を出す話ではない。懇親会とはいえカナメが仕事を途中で抜ける事例をあまり知らないが、三本目のプルタブを開けている様子を見る限り、具合が悪いということではなさそうだ。 なんだかんだで多忙を極めるワルキューレのリーダーだ。たまには息を抜きたくなることもあるのかもしれない。 口にはしないままそう納得して、足元にやってきたキュルルをそっと抱き上げる。そのまま自室に向かおうとしたミラージュの背に、カナメが声を掛けてきた。 「フレイアは? 今日は一緒じゃなかったっけ」 さすがリーダー。メンバーのスケジューリングもしっかり頭に入っているらしい。 ミラージュはキュルルを抱く腕に少しだけ力が入るのを感じながら振り返った。 「ハヤテ少尉がオフなので、二人で隣の惑星までデートしてくるそうです。ジークフリードは使用していませんよ。ちゃんと一般航路です。なのでたぶん帰りは遅くなるかと」 「そっか」 明日のワルキューレは個別のレッスンが組まれていて、フレイアは午後からダンスとグラビア。今夜が多少遅くとも問題はないはずだ。その場にいたミラージュが直々に確認したのだから間違いはない。カナメが何も言わないのもそういうことだろう。 帰りがけ、突然現れたと思ったら今から行かないかと突発的すぎる誘いにきたハヤテに呆れてしまったのはミラージュだけだった。瞳を輝かせ「いいかね!?ミラージュさん!」と期待に満ち満ちた顔で振り向いたフレイアを思い出して、ミラージュは無意識に唇を引き結んだ。オフの時間をどうするかなんて個人の自由だ。一応の時間を確認すれば、任務としての護衛時間は過ぎていた。反対する理由はない。くれぐれも気を付けるようにとの言葉を添えて了承すれば「ほいな! いってきます!」と弾けんばかりの笑顔でハヤテの元へ駆けていくフレイアは可愛らしかった。 無鉄砲男に無邪気なリンゴ娘。 危ういがお似合いの二人だと思う。 前に見たときよりも少しだけ白斑の広がった手を繋いで時間の迫った運輸船へと駆けていく二人の後ろ姿を目蓋の裏に追いやって、ミラージュが再び自室へと向かおうとしたその時。 「ミラージュ、大丈夫?」 不意にカナメからかけられた言葉に、キュ、とキュルルが鳴いて身体をくねらせた。その動きに促されるように足を止め、ミラージュは再び後ろを向いた。いつのまにかソファの背凭れに腕を乗せ、缶ビールを片手にしたカナメがこちらを向いている。その言葉の意味するところはなんだろう。 「何がですか?」 じっと自分を見つめているカナメの表情は凪いでいる。それが逆に、年長らしくどこか見透かされたような気がして、ミラージュはわざと毅然とした口調で返した。けれどカナメは容赦がなかった。 「フレイアたちのこと」 もうそろそろ思い出すだに恥ずかしい全銀河中継の大告白から一年以上が経過している。最初の頃こそからかい半分、元気付け半分に声をかけてくる仲間もいたが、歯牙にもかけないミラージュの態度に今ではもう三人でいても誰も何も言わなくなった。当然だとミラージュは思っている。 そもそも自分はハヤテの訓練教官だった。今だってパイロットとしては先輩だし、飛行技術についてあれやこれやとアドバイスをすることもある。もっとも最近ではメキメキと力を伸ばしているハヤテからアドバイスを貰うことも多くなり、もっと頑張らねばと気合を入れ直しているところだ。 パイロット同士という関係性。それにフレイアとハヤテの二人がバディを組んでいるとはいえ、ミラージュと歳の近さも相俟って、デルタ小隊の中でも三人の距離はなかなか近い方だという自覚もある。 そんな三人の関係で、終わったことをいつまでも言われたのではたまらない。 けれどカナメの表情は何を揶揄するというのでもなく、ただ淡々と事実を確認しているといった様子だった。ちり、と胸の奥が警戒に似た音を立てた気がしたが、ミラージュは今更すぎるカナメの問い掛けに少しだけ上擦った声で答えることで蓋をした。 「だ――大丈夫ですよ。そんなこと今更。どうしたんですか、カナメさん」 「ううん。大丈夫ならいいの。ね、ちょっと付き合わない?」 カナメはそれを引っ張るではなくあっさりと口調を変えると、飲んでいた缶ビールを顔の高さまで持ち上げた。にこりと笑顔を向けられて、ミラージュは少し拍子抜けした気持ちになる。 「お酒、ですか……?」 「そう。一人だとちょっと味けないなと思っていたところなの」 「はあ」 おねがい、と片目を瞑ってみせるカナメが、ポンポンとソファの隣を叩いて座るように促してくる。カナメの酒好きも晩酌も今に始まったことではないが、こうして少し強引な誘い方をするのは珍しい気がした。普段とかわりなく見えてはいるが、やはり少し酔っているのだろうか。 上手い断り文句も見つけられず、ミラージュはキュルルを胸に抱いたまま、カナメの隣に腰をおろすことになったのだった。 ***** 【 ⇒ 】 アル・シャハルも本編ままでウィンダミアとの戦争終結一年後くらいのミラージュとカナメさんのお話。 ハヤテへの想いの最後の本音を吐き出させてあげるカナメさんがいます。 フレイアもミラージュもどちらも大好きなんですが、ミラミラ……っ!ミラミラあんな公開処刑みたいな告白の後、あれでガス抜き完璧なのかな!? 大丈夫かな!?折り合いつけられた!?じじじじじじゅうはっさいだよね!!?(;:´°;Д;°`:;)!?という想いからorz カナメさんはきっとどんなにもがき苦しんでも、一人折り合いつける術を身につけている人なイメージ……クモクモやマキナの胸で泣いても欲しい……けど、本当はそれメッサー君の役目……くっ、ああああそこも妄想止まりません!(∩∩)!早く戻ってきてメッサーァァァ!!! |