サプライズ・サプライズ(01) いつもは機能的で殺風景ともいえるブリーフィングルームが、今日は可愛らし色とりどりの紙花で飾り付けられている。さすがに機材のあるシアター部分は避けて置かれた出来立ての料理たちからも美味しそうな湯気と匂いが立ち上ぼり、場をいっそう盛り上げていた。 「カナカナ、ハッピーバスデー!」 「おめでとうございます!」 「おめでとう、カナメ」 「カナメさん、おめでとう」 時間厳守で指示されたドアを開けた瞬間、そんな言葉で口々に出迎えられて、カナメはぱちくりと目を瞬いた。 まさか自分の誕生パーティーをサプライズでしてくれるとは思ってもみなかった。 「ありがとう……! びっくりしたわ。すごく嬉しい」 「大変だったんだよ〜。カナカナに気づかれないようにこっそりスケジュール抑えるの」 くすくすと笑うマキナに腕を取られて、みんなの中心に迎え入れられる。 本当に気がつかなかった。 今日が自分の誕生日だということは勿論覚えていたけれど、別にどうということもない普通の一日だ。親しい友人達から日付変更と同時にデバイスへ届いた祝いの言葉でカナメは十分満足していた。 アイドル時代ならまだしも、ワルキューレは戦術音楽ユニットだ。ライブイベントが被りでもすれば少しお祭り気味に祝いもするが、そうでなければ誕生日とはそういうものだと思っていた。ファン宛てのメッセージは事前に周到な用意がなされていたので、当日に動きがあるわけでもない。 それに朝から何度も顔を合わせていたメンバーからは誰一人としてそんな気配を感じないまま、何かと忙しく業務をこなしていたのですっかり騙されてしまったようだ。 「はい、これプレゼント!」 「私達からは寮でも飾れるようにと思ってこれと〜……」 「ちょっとちょっと! 俺達からのバースデープレゼントも紹介してくれよ! ここの料理とケーキで――」 マキナからのプレゼントを皮切りに、我も我もとカナメにプレゼントを持ち寄ってくれる。 驚きながらも純粋に嬉しくて、カナメは頬が綻んだ。それぞれがそれぞれらしさを残しながらも、カナメのことを想って選んでくれたとわかるものばかりだ。 チャックからはここにある料理全て。まさかのホールケーキはハヤテが自ら志願して、チャックに教わり作ってくれたものだそうだ。練習に付き合わされて何度も食べていたというミラージュとフレイアのお墨付きにお礼を言うと、ハヤテが照れ臭そうに鼻を擦った。「可能性のない恋すんなよ若者!」とチャックが彼の背中を叩いて爆笑が起こる。 マキナからはお取り寄せご当地惑星のバスセット。カナメのイメージモチーフでもある星形のバスボムを多く選んでくれているのがさりげなくて嬉しい。レイナがすっと手渡してくれたものは、レイナ自身が持っているものとお揃いのクラゲのキーホルダーに、【データハッキング権】と書かれた5枚綴りの手作りの紙だった。 ミラージュとフレイアはわざわざこの日の為に休日を合わせて出掛け、ああでもないこうでもないと二人で一緒にプレゼントを選んでくれたようだ。宣言通り、カナメも住んでいる寮にも飾れる生花と(実は寮の中も出掛けにこっそり花で飾ってくれているらしい)、その後も楽しめるようにポプリの製作キッドだった。 「寮の方もお花いっぱいやから、私達もポプリ作り手伝います!」 「無論です!」 「ありがとう。すごく嬉しい。ポプリができたらみんなでお揃いで飾りたいな」 花束の香りを鼻腔いっぱいに吸い込みながらの提案に、二人は満面の笑顔で同意してくれた。正反対に見えて実は意外と気の合う二人は、カナメにとって頼もしい同僚、愛すべき後輩という他に、なんだか妹のような気にもなる可愛い存在だ。 「俺からはバナナ酒です。どうぞ」 「わっ! これ私の生まれ年の……? ありがとうございます!」 アラドからは、培ってきた酒飲み仲間らしいプレゼントだった。 年季の入ったラベルで年を確認したカナメが驚いた声をあげるのを見て、アラドが目を細めて頷く。 「とっておきの相手と楽しんでやってください」 「隊長セクハラ〜」 「は!? あ〜これもダメか。難しいな!」 「アラド、逮捕」 マキナのからかうような指摘と悪のりするレイナに腕を取られ、違う違う、と慌てるアラドにみんなが笑う。そんな和やかな雰囲気の中、突如流れ始めた艶のあるアルトの歌声が、一気に場の雰囲気を浚っていった。ハッピーバースデーのアレンジが響けば、そう広くもないブリーフィングルームが一気にコンサートホールになったかのようだ。 滅多にない美雲の個人へ贈る独唱だ。独特の深みのある艶やかな声に純粋に聞き入り、最後の旋律にほうっと息をついたカナメの傍へ、美雲がゆっくりと歩み寄った。 「誕生日おめでとう、カナメ」 「……ありがとう、美雲。とっても素敵な歌ご――」 胸を押さえ感動を伝えようとしたカナメの唇を、美雲の唇がすっと奪う。 突然のことに唇を塞がれたままぱちくりと瞬いたカナメより先に、我に返ったのは周囲の方だった。 「ク、クモクモー!? なんでキス!!?」 「美雲の特別オプション……」 「はわわわわっ! く、くち、くちに……!!」 「み、美雲さん!?」 慌てたマキナに後ろに引かれ、同時にアラドに引かれたらしい美雲と数歩の距離が出来る。 キスをされたのだと遅れて理解したカナメが思わず口に手を当てるが、当の美雲は悪びれずに首を傾げた。 「何かいけなかったかしら。キスは大切な相手に贈るものなのでしょう?」 間違ってはいない。いないけれど、間違っている。 いつもどこか飄々として枠にとらわれず、独自の価値観を持っているとは思っていたが、まさかここまでとは。ミステリアスクイーンの名は伊達じゃない。 周囲の様子をどこか不思議そうに見回す美雲に、後ろで肩を押さえていたアラドが呆れたような声を出した。 「そこはちょっと別でしょう。ある意味特別な相手の場所というか」 「いけなかった?」 「いけな、くは――……あー、いや、どうなんですかね?」 「えっ? あ、ええと、く、唇はちょっとびっくりするなって……!」 こんな幼い子供にされるような質問が来るとは思わなかった。 しどろもどろになりながら説明をするカナメに納得のいかないといった表情の美雲だったが、ややもしてアラドの手をするりと抜ける。それからもう一度、今度は頬にキスをひとつ。 「ならこっちね。改めて、おめでとう。カナメ」 「あ、ありがとう」 女神の二度目の祝福だ。ファン垂涎のキスに、それとは別の意味でカナメの頬が赤くなる。驚いた。プレゼントでキスをされるとは全く予想の範囲外だった。知識として世間一般とずれているような美雲の言動に一同が首を傾げていると、美雲は僅かに唇を尖らせた。 「メッサーに担がれたのかしら」 彼女の口から出てきた名前に、一瞬場が静かになる。 まさか――まさか。 美雲に誤った知識を教えたのは、メッサー・イーレフェルトだったのか。 予想もしなかった真犯人の登場に、マキナが素頓狂な声を出した。 「メサメサが言ったの!? 唇にしろって!?」 「大切な人への贈り物ならキスも添えると言っていたわ」 「メ、メッサーさんゴリゴリやねえ……!」 「ヒュ〜ウ! 死神様のお国柄ってやつか?」 いったい美雲はいつ彼とそんな話をしていたのだろう。 盛り上がる仲間と共に驚きを隠せないカナメへ、レイナが裸喰娘娘特性のクラゲメニューをおすすめの順に小皿に持って渡してくれた。アラドがさりげなくプレゼントとは別のバナナ酒で満たしたグラスも用意してくれる。ここにはいないメッサーの意外性を話題に出しつつ乾杯をして、料理に舌堤を打っていると、マキナがすっとカナメの横に寄ってきた。 チン、と小さくグラスを当てる。 「メサメサからは何か貰った?」 「ううん。特には」 「ええー!カナカナの誕生日ってずっと前から言ってたのに!」 それが聞きたかったのか。 ぶすくれるマキナに苦笑しながら、カナメはクラゲの唐揚げをひとつ摘まんだ。 メッサーからは特に何も貰っていない。そもそも今日は、今朝のミーティング時からメッサーは単独任務でいなかった。それは事前に聞いていたし、夕方に戻って夜勤の当直に入るまで、今頃仮眠を取っているだろうことも知っている。そんな過密なスケジュールをこなす彼から、特別な何かを貰おうだなんて本当に思ってもいなかった。 けれど―― 「でも、お祝いの言葉はもらったわ」 「え? いつ?」 「今朝。電話で打ち合わせをしてて、そしたらおめでとうございますって」 今朝早くに彼から電話があったのだ。 これまでにも出勤前にお互い何だかんだと気になることがあれば昼夜問わず連絡はとっていたから、今日も何かあるのだろうと思って通信を受けた。おはよう、と朝の挨拶を交わして何てことのない近況を話し、今日はこのまま当直に入るので恐らくチームへの合流はないだろうという報告を聞いた。 忙しそうな彼がわざわざそれだけの為に連絡をくれたのかと思ったら、何だか妙に嬉しくて、真面目な人だなとデバイス越しに頬が緩んだ。 お疲れ様、無理しないで、でも頑張ってねと声を掛け、会話が終わったかのように思えたちょうどその時。 「誕生日おめでとうございます」 と、まるで何も変わらないルーティンワークをこなすかのような素っ気なさでそう言われたのだ。 一瞬誰の、と考えて、自分のだとわかった瞬間、なんだか言い様のない嬉しさがこみあげてきた。まさか彼から言ってもらえるとは思ってもみなかった。そもそも誕生日を覚えていてくれたんだという驚きと、朝一番にくれたおめでとうの言葉に、胸の奥がトクントクンと優しい音で主張を始める。 ありがとう、と答えた声が妙に上擦ってしまった気がして、メッサーが変に思っていなければいいとカナメは思っていた。 だが今の話で、メッサーがカナメの誕生日を知っていた理由は判明した。そういうことかと思えば少し残念な気もしたが、それでもわざわざ仕事の連絡のついでにでも一言くれたことが嬉しいことに代わりはない。 「マキナがメッサー君に私の誕生日だって教えてくれてたのね。ありがとう。おかげで嬉しい一日の始まりになっちゃった」 「ううん。カナカナの誕生日はメサメサ先に知ってたよ。バディのプロフィールチェックくらいしてるって」 「え?」 けれどあっさりと否定されて、カナメは心臓を少しだけ落ち着かなくさせた。 マキナはそんなカナメの様子に気づくでもなく、人差し指をちょこんと顎の下につけて考えるように天井を見上げる。 「でもわざわざ朝イチのモーニングコールでか〜。メサメサって、うーん……クモクモのことといい、ちょっと意外なところで行動力見せるよね」 「やっぱりお国柄?」 「パイロットだし、割とオンナ慣れしてたりするのかも?」 くすくすと悪戯っぽく笑うマキナに合わせて微笑しながら、そうかもしれないとカナメも思った。 少し強面のきらいはあるが整った顔立ちで、滅多にないが笑うと急に可愛くなる1つ歳下のバディの顔を浮かべてみれば、それは割と正しい推測のような気がする。 しかしカナメに対して誠実を絵に描いたようなメッサーが、女性慣れした態度を取っている姿が想像出来ない。 (例えば、笑顔全開で海に誘うメッサー君、とか……?) ラグナの浜辺でビーチボールを小脇に抱え、白い歯を見せて笑いながら手を差し出す観光客向け男性モデルのポスターに、頭を彼ですげ替えてみる。だがやはりまるで別人だ。それはそれで面白いけれど、カナメの知っている彼ではない。 自分の想像でふふっと笑いそうになったカナメの横に、今度はフレイアがグラスを持ってやってきた。 「メッサーさんもちょっとでも来られたら良かったんやけど」 「いいのよ。だってメッサー君夜勤に入るから、今のうちに休まなきゃだもの。そんな無理は――」 「本当付き合い悪いよな。出たくないからって、わざわざこの日にアルファ小隊の奴と当直代わってやることな――」 「ハヤハヤ!」 「え――……?」 フレイアの隣に当たり前のようにひょっこりやってきていたハヤテが、マキナの鋭い声でしまったとばかりに口をつぐんだ。 今日のメッサーは遠征からの当直勤務で、エースパイロットが随分詰まったスケジューリングをされたのだなとは思っていた。けれど飛行士組のシフトのことだからカナメが口を出すことではない。だから彼の体調は大丈夫だろうかと今朝も電話をしながらそんなことを思ってもいたのだが、まさか、そんな理由があっただなんて。 「……ふうん」 マキナはメッサーにカナメの誕生日の話をしていたといった。しかもずっと前から、だ。 誕生日自体は元から知っていてくれたらしいが、こういうパーティーに出席するかしないかは彼の自由だ。今までの流れでいえば、むしろ来ない方が自然なくらいだ。だから誘いを断ったというのもわかる。本当に無理強いするようなことでもない。 だけど―― 「そうなんだ」 今朝の会話は穏やかだった。ほとんど意識の外にあった自分の誕生日を、祝ってほしいとこちらからお願いしたわけでもなかった。メッサーからだ。嬉しかったのは本当だ。だけど、それがもしかして、パーティーに出席しないように手回しをした罪悪感からだったとしたら。 「カ、カナカナ? あの、メサメサはたぶん何か事情があって代わってあげたんじゃないかな?」 「そうね。別に気にしてないわよ?」 「そ、そう……?」 にこりと笑いながらアラドにもらったバナナ酒に手を掛けたカナメに、マキナが一瞬止めるように手を伸ばした。が、それを華麗な動きで避けて、カナメはコルクを力強く抜き取った。分厚いボトルの中に押し込められていた芳醇な薫りが辺りに満ちる。 それを持って、ざわりと静かにさざめいた仲間の間を縫うように歩いて注いでからまたマキナの隣へ戻ると、カナメは乾杯の掛け声と共に小さなグラスをぐいっと空けた。 美味しい。さすがは年代物のバナナ酒だ。今まで飲んだどんなバナナ酒よりもまろやかで、甘く熟成された薫りが鼻の奥から抜けて、咽喉を優しく焼いてくれる。胃に落ちた端から身体の隅々にまで行き渡るようで、心地好い酔いの予感もする。 本当に美味しい。大切なみんなと飲めて幸せだ。美味しくて、なんだかちょっと強いアルコールが胸にくる。 「仕事だもの。それに強制するようなことじゃないもの。みんなも忙しいのにこんなにしてくれて本当に嬉しい。プレゼントも。大切にするね。ありがとう」 これは全部本心だ。 朝の電話は嬉しかった。仕事が大変そうだから休めるときに休んでほしいと思っている。 みんなの心遣いも本当に嬉しい。まさかこんなに祝ってもらえるなんて幸せだ。 プレゼントだって全部、全部―― 「カナメ」 もう一杯飲もうと手酌でボトルを傾けたとき、後ろから美雲に名前を呼ばれた。 振り返れば距離がやたらと近いところに彼女がいる。おそろしく整った顔は何を考えているのか判然としない。けれども不思議と嫌味はなく、惹きつけられる魅力がある。自分にはない美しさにやっかみを覚えるような範疇にはない美雲の美貌に素直に見惚れながら、カナメはそういえばと思い出した。 彼女のプレゼントはメッサーのアドバイスがあったのだったか。 いつ、そんな話をしたんだろう。しかもキス。そうだ、自分ならキスを送ると言ったとかなんとか。 何よ、もらってないんだけど、とぼんやり思考が管を巻き始める。 と、美雲がカナメの頬を両手でそっと包んだ。 「もう一度キスしましょうか?」 「へ?――ちょ、きゃっ! み、美雲!?」 何が彼女をそうさせたのか。 後ろで誰かの息を飲む気配と、美雲の名前を呼ぶアラドの声が聞こえた気がする。 けれどもはっきりとはわからないまま、眼前に閉じた瞼で迫られて贈られた女神の三度目の祝福を、カナメは再び自身の唇で受けたのだった。 *** 【 ⇒ 】 カナメ・バッカニア22歳大好きよろしく――――――ぅぅ!!! の気持ちをこめて、カナメさん誕生日SS。 付き合っていないメサカナです。デルタ小隊とワルキューレでわちゃっとお祝いしたり、後出しのメッサー君と話したりしています。 時期的には……フレイア加入後初期……みたいな……うっ、それだと数か月後にクラゲ祭り………うっ、記憶が……うぅ…………っ………… パラレルワールドでいきます。 |