君と馴染む傷跡C 上唇を食んで、薄く開けた口腔へと誘われた舌先が生温く混じり合う。 激しい欲情を闘わせるようなキスではなく、単に互いの体温を確かめるだけのような簡単な動きのはずなのに、ハンジは何故だか眦が熱くなってくるような気がした。 ちゅ、ちゅ、と皮膚を滑る唇が、甘い疼きを散らしながらシャツのボタンを外しては素肌に押しつけられる。 この行為に、いったいどんな意味があるんだろう。 ふと、そんなことを考えてしまったのは、それがいつもの行為の始まりにしては、やけに優しすぎるものだと気づいてしまったからだった。 初めの頃の二人は、こんなキスすら凶暴だった。 余計な思考を払拭するかのように奪い合って、気遣わず、噛みつくと言う表現が最も的確だとすら言える。 それで良かったはずなのに、気がつけば、モブリットの唇が次はどの肌を辿るのか、その順序を覚えてしまっている自分がいる。 「何、考えてるんですか」 「……別に?」 胸の上へと唇を滑らせるモブリットの髪にくしゃりと指を遊ばせて答える。 と、モブリットはすっかり肌蹴てしまったシャツを背中から器用に抜き取り、また肌の上へと唇をつけた。 「上の空ですよ」 言いながらぴちゃりと舌肉をヘソの横に張り付けられて、ハンジは思わず息を詰めた。 反応を確かめるような上目遣いの彼の視線と合って、膝をすり合わせながら目蓋を伏せる。 慣れた動作で足首に蟠っていた下着を取り除いたモブリットの手のひらが、ゆっくりと太腿を上下していく。 「別に、ですか」 「あ〜……あれかな……んっ、……君のことを考えてた、かも」 「俺の、何を?」 セックスの最中にこんな会話を交わすようになったのもいつからだろう。 獣のように求めて奪って、言葉なんて喘ぎ声をあげる時の音しか感じなかったはずなのに。 性欲とまるで結びつかない会話だとわかっているのに、どうして自分達は続けるんだろう。 ハンジの返事を待つかのように動きの止まったモブリットが、ギ、とベッドを軋ませて身体の上から少し退いた。少し身を起こしたハンジを手伝ってくれながら、中途半端に肌蹴ていた自分のシャツを脱ぐ。下のベルトを外すのを手伝う合間は無言になっていたハンジに、全て脱ぎ終えたモブリットは、鎖骨の上にちゅっと音を立てたキスをして、それからまた、軽く舌の温度を確かめるような口付けをしてくる。 「ん……」 ゆっくりと体重を掛けられて、再び背中がベッドに沈む。 剥ぎ取るような乱暴さのない脱がし方は、何だか逆に気恥ずかしい。 「で、俺の何を考えていたんですか」 「……どうでも良くないか? 続きし」 「気になります」 「ん、……大したことじゃ、ぁ、ないんだけど」 顎に鼻に、それから頬に促すようにキスを落とすモブリットの手が、胸の膨らみに伸ばされた。 快感を与えるというより、慈しむような動きだが、その先を覚えてしまっている咽喉が鳴きそうになる。 じっと見下ろしてくるモブリットの視線に、それをどうにか堪えて、ハンジは諦めに似た溜息を溢した。 「……今日こうするつもりなかったなって」 考えていたこととは少し違う。だけど、これも本心の一つだ。 今夜はどちらが誘ったことになるんだろうとぼんやりと思う。 特に感情的に思い当たることのない一日の最後。お疲れ様と労いの言葉を掛け合って、なんとはなしに食堂まで一緒に行った。今夜の予定が入っていないことは、互いのスケジュールで把握済みで、いちいち確認することもない。明日は班全体の非番だから、モブリットは買い出しにでも行くつもりだと話していた。何か必要なものがあれば買ってくるので教えてくださいと言われた気がする。特にないなと言いながら部屋について、おやすみと言うために視線を合わせた瞬間、モブリットの手が触れた。 正面きった格好で指先を僅かに絡めた彼が何かを言うより早く「もう少し話す?」と呟いたのはハンジだった。 断られても別に良かった。 セックスに誘いたかったわけじゃない。 ただ、本当に何となく口をついて出てしまっただけの言葉に深い意味はなかった。 提供したい明確な話題があったわけじゃない。仕事に必要な話は粗方終わっている。 モブリットに対して急ぎの用も別にない。 それなのに、「俺の部屋で」と言ったモブリットに手を引かれて着いて行ったハンジは、こうなることを予感していた。 整頓されて夜の空気に満ちたモブリットの部屋に入って、他愛のない話をして。 ふと落ちた沈黙の合間を縫うように落とされたキスに心臓が僅かに高まって、緊張しているのだと知れた。 「……嫌でしたか」 「そうじゃなくて、何ていうかな……食堂ではそんな感じなかったじゃないか」 長年傍で生き抜いてきた仲間としての態度だった。 夜を匂わす一切の気配はなかったし、ハンジもそんなつもりは微塵もなかったと言い切れる。なのに、部屋の前での別れ際。視線を交わしたあの一瞬で、どうして自分はあんなことを言ったんだろう。何でモブリットの部屋にわざわざついていったりしたんだろう。 この関係の始まりは成り行きで、ハンジは自分の爆発しそうな感情を発散することしか考えていなかったし、それでいいと思っていた。モブリットだってそのつもりでハンジを抱いていたはずだ。 我が儘に乱暴に、貪るだけ貪って、事後は何事もなかったかのように戻るだけ。 だから上手く関係を続けてこられた。 だけど、今日は――その前の夜も、もう大分前から、何を理由に抱き合っているのか明確な答えが見えなくて、抱き合っているのに心細い。 (……心細いってなんだ、心細いって) 自分の思考につっこみを入れていると、ふとモブリットが伸び上がるようにしてハンジの唇に触れた。 「毎晩誘うかもしれません」 「それは、ちょっと……え、何? 寝かしつける為とかそういう?」 苦笑するモブリットに、ハンジは首を傾げた。 彼の今までの行為の理由がまさかそんなことだったとしたら、悔しいかな合点がいく。 気分の発散から目的はズレているけど、副長としての範囲に落ち着くというものだ。 でも、なら今日は? ハンジはきちんと部屋に戻って寝るつもりだった。それをモブリットは知っていた。 (ん? あれ? だったらこれは寝かしつける為じゃない、のか……?) それなら寝てくださいとベッドに叩き込むだけで良かったはずだし、キスが甘い理由は結局わからないままだ。 「欲求不満のストレス解消に誘うならいいんでしょう?」 ふ、とどこか自嘲気味に笑ったモブリットが、それを誤魔化すかのようにハンジの目蓋に唇を落とす。それからゆっくりと顔の輪郭を確かめるように頬を手のひらで撫でられて、ハンジの心臓がまた鳴り始めた。 寝かせる為にも、性欲を満たす為にも、この触り方は必要だろうか。 「そうだけどさ……モブリット、そんなに溜まってたんだ?」 「あなたを見てると……溜まるので」 「はは、ごめ――、っあ」 なんだ。結局ストレス発散の相手でいいんだ。 安堵と妙なもやもやを同時に感じた瞬間、モブリットの手がするりと足の間に入り込んだ。 「そういう声とか、もっと溜まります」 言うなり、ハンジの身体の横に膝を立てて体重を掛けたモブリットが、そのまま指を中へと差し込む。 何の準備もしていなかったはずなのに、慣れ親しんだ指先をじゅぷりと飲み込む身体がびくりと反応してしまった。 「んっ、あ! ちょ、待ってまだ」 「毎日でも聞きたくて」 「や――っ」 咄嗟に押し返そうと胸板に当てた手が、中で曲げられたモブリットの指に擦られて悲鳴に変わる。突然の行為を受け入れてる身体とは別に、驚いた心がモブリットに懇願するような視線を向けた。 「嫌なら断ればいいんですよ」 けれど妙に艶めかしい色を乗せたヘーゼルの瞳をしたモブリットは、執拗に中をかき乱す手を止めてくれない。 膝を立てて抵抗しても、暴かれた箇所を刺激されれば、馬鹿みたいに足の指がピンと突っ張る。 何で急にこんなこと――いや、でも、溜まっていると彼は言った。だから、これは単なるストレス発散で――そうだよ。始まりはもっと互いに乱暴だったし言葉もなかった。それを思えば急な行為も別に大したことじゃない。 乱暴かどうかで言うなら違うと言い切れる刺激を与えてくるモブリットは、むしろ、びくりと反応を返してしまうハンジを見下ろしながら、強引なようでやけに丁寧にハンジの中を探っているようだった。 「ふ、ぅ、ン、ン――っ!?」 感情は捨てて、与えられる快楽だけを教授しようと切り替えた矢先、モブリットの唇がハンジの耳朶を柔く食んだ。 そのままねとりと耳の中に舌肉が入り、にちゃりと鼓膜を震わす水音に背筋にぞくりと快感が走る。 「……ハンジさん」 低音で呼ばれた名前がやけに甘くて、いつの間にか眦に溜まっていた涙が思わず溢れる。その跡を掬うようにやけに優しく口づけたモブリットが、舌先も触れないようなキスをする。足りない。キス。もっと。 (違う。キス、なんて、いらない、のに……) 強請るように腕を伸ばしてモブリットの頬を引き寄せている自分の行動に内心が疑問を投げかける。 じっと見下ろす彼の口があと少しというところで、ハンジは唇を引き結んでキスを堪えた。 と、足の間の彼の指が、代わりのようにぐぷりと奥へと沈み込んだ。 「ちょ、――わっ、や、モブリット、それやだっ」 「……嫌ならもっとちゃんと断ってください」 「モブリット!」 「断って」 根本までぐちゃりと飲み込ませた中指の横に、宛がわれた人差し指が入り口を押し広げて入ってくる。軽く曲げて抜き挿しされれば、浅いところに引っかかって、腰がぐっと上がってしまった。 断れと言いながら身体の奥から愉悦を容赦なく引き出すモブリットは、もう一方の手でハンジの頬をこれでもかというほど優しく何度も撫でている。 こんなの嫌だ。必要以上に優しく触るな。溜まってるならさっさと挿れろよ。 抜いて、挿して、果てなきゃ、欲求なんて解消できないはずだろう? そう思うのに、何が嫌なのか頭の中が混乱してくる。手のひらが甘くて気持ちいい。違う。気持ちいいはずがない。 嫌なのは何だ? 悪戯に激しくされることが? けれどそんなのは今更だ。ハンジも今まで散々好きにモブリットに抱かれたし、いたぶりに近い行為だってしたこともある。モブリットの欲求を解消するための夜は、もっとずっと乱暴に抱かれた夜だってあった。痛みを感じることすら良しとした激しい夜もあったのに。 なら優しさを感じるような行為や視線が? そうだ。きっと嫌なのはこれだ。 お互いの欲望だけをぶつける行為に不要なそれが、ハンジの奥を混乱させる所以なのだ。 キスは嫌だ。 する度に、頭が痺れて離れ難くなるからしないでほしい。 果てる時以外で抱き締められるのも嫌だ。 身体の厚みに落ち着いてしまう自分はおかしい。 触るのも舐めるのも、事前準備はモブリットがモブリットの為だけにする行為で十分だ。 そうでなくても既に覚えている身体は充分開いているし、必要なだけの潤滑もある。それ以上の前戯は必要ない。 だってそれは、自分よりも互いを思い合ってする行為で、そんなのこの関係には不要なんだ。 「や、やだっ、やめ――ひぁっン!」 だというのにモブリットの二本の指が中をぐっと刺激して、同時に親指が敏感な突起を押し潰す。突き放せないハンジの腕は咄嗟にモブリットを抱き締めてしまった。 そうするとモブリットも片腕でハンジを抱き返して、小刻みな喘ぎを咽喉の奥で吐き出しながらしがみついてしまうハンジをまたモブリットが抱き返す。 下を刺激する指の動きを止めないままに、モブリットが耳朶に低い声を乗せた。 「抱きつくのは、嫌がるのと違いますよ」 「ちがっ――、違う、なんで、するなら、ちゃんと挿れ――」 「そうですね」 そうしてこめかみにまた甘い唇が落とされる。 キスはいらない。そんなところ関係ない。 「っ、ふ」 それなのにそれだけの刺激で漏れてしまった声を見逃さないモブリットが、目蓋に、額に、頬に、めったやたらとキスを散らされて、彼の背に回した指に力が入る。 どうしよう。いやだ。甘い。もっと。怖い。いやだ。いやだ。もっと、ちゃんと―― モブリット、と息の間に名前を呼べば返事の代わりに指が動いて、甘いキスが小さく何度も音を立てて落とされる。 こんな行為じゃモブリットの欲求なんて全然解消されていないはずだ。 太腿に感じる彼の昴りは熱くてもう完全に用意できているはずなのに、どうしてそれ以上をしようとしないで、私だけに与えようとしてくるんだ。 「ん、んっ、やだ、こんな、私だけ、モブリット――」 抜き差しする指の動きが早くなり、ハンジは高ぶりそうな身体を震わせた。 モブリットが滑る一部を刺激して、同時に敏感な尖りをぐっと押す。 「――あっ、待っ」 「いいですから」 「イッ――……!」 一瞬視界が明滅して、飛びそうな身体をモブリットにしがみついてどうにか留める。まだ中にいる指を不規則に締め付けている自身が貪欲に蠢いているのがわかっても、理性ではもうどうしようもない。 彼とこういう関係になってから、指だけでイかされたのは初めてだった。 はっはっと小刻みに震える息を吐き出して、気持ちを落ち着かせようと必死なハンジからゆっくりと指を引き抜いたモブリットは、ハンジの前でぴちゃりとその指を舐めて見せた。羞恥で鼻の奥が痛くなる。 ハンジは眉を寄せて、ギッとモブリットを睨み上げた。 絶対に効果のない顔だとわかるのが悔しいけれど、そうでもしないといられない。 「……ば、バカじゃないのか……、バカか。バカ。バーカ。な、なんで、こういう――」 「考えたんですけど」 言葉の途中で、モブリットが遮った。 力の入らないハンジの手首を、ベッドシーツに繋ぐように軽く押さえる。 「……なに」 「この関係は、ストレス発散に都合が良かったからですよね」 「そうだよ」 モブリットの声は冷静だった。 まるで裸でこうしているのがおかしいことだと錯覚しそうになるほど冷静な声に、ハンジも声を低めて答える。 そのとおりだ。 どうしようもない遣る瀬無さを、そこにいた都合の良さで補っただけだ。私達にはそれだけで十分で、それでいい。 「だから余計な感情はいらない、それがあなたの考えですよね」 「……そうだよ」 ハンジの、というより二人の考えは一致していたはずなのに。 眉を寄せて頷くハンジを見下ろしていたモブリットが、ふと目蓋を伏せた。 それから太腿を撫でられて、油断していたハンジの皮膚がざわりと一気に粟立ちを覚える。 出そうになった声を慌てて飲み下したハンジに構わず、モブリットはそのままぐいっと足の間に割り入った。 「でも気持ちよくなるのに感情はあってもいいんじゃないかと」 「ど、どういう意味」 モブリットの気配を感じる。 一度達した場所は、それだけで敏感に反応して、本能が期待に震えてしまう。 ぐっと、モブリットがハンジの足を持ち上げた。そうしてまた、指を付け根にぴたりと充てる。 「そ、それっ、もう、やだ」 「例えばですけど」 「ぁ、ん――!」 くぷりと先を入れ込むような素振りを見せたモブリットは、けれどその手をそのまま上へと滑らせた。 尖りを掠められて出してしまった声は、覆い被さるようにして飲み込まれる。 さっきよりもだいぶ激しい唇はハンジの舌先に甘い痺れだけを残して、すぐ横の頬に押し付けられる。 その目が、口調とは真逆の熱情を宿しているように見える。 「例えば、指でするのも、挿れてするのも、キスをするのもしないのも――」 「……モブリット? どう……、ふぁッ!」 問い掛けようとしたハンジは、突然熱いものを挿し入れられてモブリットにしがみついてしまった。 充分に濡れそぼっているせいで簡単にモブリットを飲み込んだ自身が、それでも急に感じる奥への刺激に甘い悲鳴を上げている。 先程イかされたせいで敏感な身体は、これでもかというほど勝手に中で蠢いて、モブリットの形をいやらしく確かめようとしているらしい。 モブリットが、ぐっと腰を進めながら、ハンジの頬をゆるりと撫でる。 「今だけ、そういう関係になりきるのも、もっと気持ちよく感じませんか」 「あ、まっ、何、それ」 その刺激だけで、ぞくぞくと背筋に痺れが走る。 奥に充てたモブリットは、今度はやたらゆっくりと浅く抜いて、また挿れるをくり返す。 その間も、彼の手のひらは頬を胸を身体のラインをまるで丁寧に確かめるようになぞっていく。 「あなたが欲しくて、あなたが俺を欲してくれるなら、そういう関係を演じてください」 「な、なに……っ、あ、あ、あん、ッ」 緩慢な動きは刺激が足りない。 なのに、どうしてかイキそうになる。 モブリットの手が、指が、触れるたびに、声が耳朶に囁かれるたびに、どうしようもなく下腹が疼いて、胸の奥が甘いような痛いような刺激で涙が溢れそうになる。 身体への快感だけじゃ説明がつかない。 足りなくて、もどかしくて、心のどこかが待ち侘びている。 だけどそれが激しい動きかと言われたら、そうだと断言できない自分がわからない。 「待って、こ、こんな」 モブリットが中に入れたままで、ハンジの唇をなぞるように撫でた。 頬を撫でて、鼻を合わせて、懇願するように瞼を閉じる。 「どうしても嫌なら、今だけで、いいです」 「い、いま、だけ……?」 「はい、今だけ」 唇が近い。 話すたびに呼気が触れて、それだけの刺激で泣きたくなる。 やたらと眉間を寄せて苦しそうな表情をするモブリットの頬に触れる。 (……モブリット。モブリット) 何でそんな顔をするんだ。 気持ち良くない? どうしたい? 何をすれば、君をもっと喜ばせられる? 言葉にするのが難しい感情が、後から後から水が湧くように込み上げくる。 どうしてあげたいなんて思う必要はないはずだ。自分が気持ち良ければいいはずで、相手の感情なんて二の次で。 それが二人の関係だった。ずっとそうだと思っていた。 なのに、この気持ちはどういうことだろう。 聞きたいこともしたいことも溢れてきて、ハンジは言葉の代わりにモブリットの頬に手を伸ばした。 「……どう、すれば、いい?」 首を伸ばして、モブリットの刻まれた眉間に唇を寄せる。そのままぎゅっと抱きしめたくなる。 だけど、それを彼が求めているからわからないから最後まで出来ずに、ハンジは何度もモブリットにキスを送った。 そうすると伏せていた瞼を上げたモブリットの濡れたようなヘーゼルの瞳が、ゆるゆるとハンジに合わせられる。 「俺を欲しがってください」 「ほしいよ」 もっとと思っている。動いてほしい。 間髪入れず答えたハンジに、モブリットが苦笑した。 「心もです。欲しがって」 「……っ、あ」 心。モブリットの心を欲しがる? ふと考えてしまった隙を突くように、モブリットがハンジをぎゅっと抱き寄せた。 開いた足の間に感じるモブリットが最奥を優しく刺激する。だけどそこに感じる快感より、抱き締められた身体の密着が気持ちいい。 もっとしてほしい。隙間もないくらいくっつきたい。 「今だけでいいから」 耳朶に囁くモブリットの低い声が、溶けて中に染み込んでいく。 「モ、……リット」 「……はい」 どうすればいいのかわからない。 だけど、名前を口にすれば、そこから急速に胸に込み上げてくるものがあった。 答えてくれる声が甘い。気持ちいい。心地いい。いい。 「……モブリット、モブリット」 「はい」 呼応するモブリットの吐息で身体の芯が熱くなる。繋がった場所だけじゃない繋がりを欲している。 表現出来ないハンジの口は、馬鹿の一つ覚えのように目の前の彼の名前を呼んでしまう。 モブリットの低くて甘い声音を出す、その唇がものすごく欲しい。 「君が、いい」 触れるだけでいい。触ってほしい。モブリットに、してほしい。 同じくらいモブリットに私がしたい。 「君じゃなきゃ、嫌だ」 そう口にした途端、モブリットが僅かに瞳を見開いた気がした。 けれど一度出した言葉は戻せない。それどころか堰を切ったように、次から次へと言葉が感情を伴って溢れ出してくる。 ハンジは震える手のひらでモブリットの首から頬を何度も何度も往復させて、輪郭を刻み込むようにひたひたと触れた。 欲しているのは快楽じゃない。発散できる相手でもないと心が素直に叫び出している。 見つめられるのが嫌だった。どうしていいかわからなくなるから。目が合えば頭の芯を持っていかれるような不安定な気持ちに慣れなかった。 キスの甘さに困惑した。緊張して、どう立ち回ればいいのかわからなかくなった。意図の読めないキスが怖かったのは、気持ち良いと思ってしまった自分が怖かったからだ。 快楽を求める関係のはずが、触れられることに喜ぶ自分に戸惑っていた。 したいと思う気持ちと、してあげたいと思う気持ちがゆらゆらと揺れて、この感情がわからなかった。 関係が終わるのが嫌だった。それがどうしてかわからなかった。 強いてあげるなら、都合のいい相手を見繕えないからだと思っていたけど、たぶん最初から違っていた。 ナナバの言ったとおりだ。 ――その人が好きで、言葉だけじゃ足りなくて、感情が抑えられなくて、大切にしたくて、でも欲しくて―― キスが怖かった。甘えを許容されることが怖かった。 大切にしたいのにわがままに欲したい自分を、モブリットがどう思うのかわからなかった。 だけど、そうしていいと君が言うなら。 君がいい。欲してる。求められたい。そう思う。 「モブリットがいい。モブリットが欲しい。してよ。もっと抱いて。欲しいっていって。何してもいいか――らっ」 「――何してもなんて」 一世一代の告白は、何の前触れもなく遮られた。 モブリットがハンジの手を取りベッドシーツに縫い付けて、押しつけられた唇が痛いほどの甘さを胸に刻みつける。 少し前の軽い拘束とは違う、熱のこもった束縛で、身体の芯が熱くなってどうしようもない。抱きたいのにそうさせてくれないモブリットの手が、指の間に指を絡めて尚も強くベッドの上に縛り付けてくる。 もっと。もっとだ、モブリット。 隙間をなくして。痛いくらいに痕をつけて。 「あんた、俺を殺すつもりですか」 そんなわけないだろう、バカ。 物騒な台詞に対する反論は、モブリットからの力いっぱいの抱擁であっという間に流されてしまった。そこから感じる熱情の奔流は、もう止めることなど放棄した。 【→】 |