その声はあなたの耳にだけ02


別に目くじらを立てることじゃない。それでも言う必要のないことを言った自覚はある。
――――お互いに。
夕食の席で無意識に出ていた溜息に、ゴーグルが薄い塩味が売りのスープの中でクズ野菜を見つけてつつきながら苦笑した。

「どうした。試作の出来よかったんじゃないのか?」
「――なあ」
「んぁ?」

パンをちぎって口に入れる。飲み込む前にスプーンで掬ったスープを流し込んだ彼に、

「おまえって、あの時の声結構出す方?」
「――ブパッ!!!」
「……汚いな」

少ない夕食を口から盛大に吐き出した友人へ、眉を潜める。
ゴーグルは口元を拭いながら、理不尽とばかりにモブリットを睨み据えた。誰のせいだと顔にはっきりと書いてある。
しかし自分の空いたスープ皿を見遣るモブリットは、どこか上の空に見えて、ゴーグルは非難の言葉を変えた。

「……知らねえよ。比べるもんじゃねえだろ」
「だよな? いやでもそんな静かに出来るか……? ある程度は出るだろ? いや、普通出ないのか……?」
「何だよ。恋人に比べられたのか」
「……違う」

図星か。
あからさまに間を置いて低く否定するモブリットは、どこからどう見ても落ち込んでいる。基本的に喜怒哀楽のほとんどを、直属の上官に捧げていると言っても過言ではない彼の、こんな様子はとても珍しいことだ。

「まあ、なんだ。状況は見えねえけど」

恋人、と言いつつ、おそらく誰が原因かなど暗黙の了解ではあるものの、相手の詮索をしてこないゴーグルに感謝しつつ、励まされるのもなんだか苦しい。自分で話を振っておいて、どうしようもないなと内心で苦笑していると、ゴーグルが肩をポンと叩いた。

「まあ、そう言われて比べ返したりしなけりゃ、男として上々じゃねえの?」
「………………ああ、うん、だよな」
「したのか」
「……いや」
「サイテーだな」
「……」

分かっている。何であの時、あんな事を言ったのか。
お互いの過去の相手に触れるようなバカな真似をするのは思春期の専売特許だろうに、流せなかった自分があまりに子供すぎた。今までの相手から言われたのなら、面白いとは思えないまでも、その場で適当に流せたはずだ。それすらスパイスのように混ぜ込んで、雰囲気を繋ぐパターンだって、今でもいくつか浮かぶくらいの経験はある。

だが、それを言ったのが彼女だから――。

ハンジが――滅多に色事を匂わせない彼女の口から出た言葉だから――いや違う、自分が勝手に嫉妬したのだ。もう奪うことの出来ない終わった過去に。今、一番近くにいるのは紛れもない自分なのだとわかっているのに。
モブリットと同じように、実はハンジも傷ついたりしたのだろうか。傷つくとまでいかずとも、面白くないとか、ほんの少しだけでもモヤッとしたとか、何かそんな些細な事でも。
何とも思われていなかったなら、それはそれで結構ツライ。

「謝れ。土下座して謝れ。班の雰囲気に関わる。謝れ」
「……すいません」
「俺にじゃねえよ」

そして微妙に知らないフリが剥がれかけているゴーグルの言葉にも埋まりたくなる。
あれから班員の前で改めて視察報告をした場でも、そんな関係は勿論互いにおくびにも出さなかった自信はある。それでもひょんなことからハンジとの距離感を感じないわけではなかった。
仕事上の会話の終わりに、合うはずの視線のタイミングがずれる時に。
それがいつ、他に伝わらないとも限らない。
だが喧嘩といえるほどはっきりした何かがない状況で、今さらどこから進めばいいのか考え込んでしまう。

隣でスープを飲み干したゴーグルが、ガタリと席を立った。

「先行くわ。声デカくてすみませんって謝っとけよ」

そうして去り際掛けられたアドバイスに、

「……デカくないって!」

モブリットはテーブルへ額を打ち付けたのだった。


【→3】


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