その声はあなたの耳にだけ04


あの時も同じようにすれば良かった。下手な言い訳など考えないで。
やけに大股で先を行くハンジの背中を見つめながら、モブリットはまだ少し酸素の足りない頭でそんなことを考える。
向かう先はハンジの部屋だ。
膝を詰めた話し合いが、何を指すのかわかりきっている状況で、それでもあの時のことだけまだ未解決なままだった。
すみませんと謝るのでは違う気がする。それでも先程の奪い合いで高まってしまった乱暴な熱を、モブリットは持て余し気味に溜息で逃がした。
これでなし崩しに事をなして、それでどうにかなるのだろうか。
始まりが曖昧な捩れ方の直し方が見えないでいる。

一度も振り返らずにハンジが部屋のドアを開ける。
後ろについて入ったモブリットは、閉めたと同時にやはり振り向かないままのハンジに手首を引かれてたたらを踏んだ。

「あの――わ!」

突き飛ばされるようにベッドに投げられて、悲鳴が口をついて出る。

「声、大きい」
「今のは」
「黙って」

ギシ、と乗り上げてきたハンジがそう言って、モブリットの唇に触れた。
動作は信じられないくらいに甘く、けれども声音が冷たいまま。
言われるままに口を閉じたモブリットは、様子を伺おうとハンジに手を伸ばす――が、その手をハンジがやんわりと拒絶した。

「ハンジさん……」
「目、瞑って」

意図が掴めない。けれども逆らう雰囲気でもない。
拗ねたような、それでいて甘さの見えない指示に大人しく従うと、ハンジがモブリットの胸を押した。
膝の上に完全に乗り上げられて、背中をシーツに沈める。腰に回そうとした腕をまた拒絶されて、代わりにハンジがモブリットの手を頭の上へと誘導する。それに倣うと、反対側の手も取られて、手首に冷たい感触がした。

「え」

カチ、と聞こえた冷たい金属音に思わず目を開けたモブリットは、シャツの前を肌蹴もせずに自分を見下ろすハンジの視線を、信じられない思いで見つめた。上げられた腕が自由に下ろせない。

「何して――」
「言ったろ。試し足りないって」
「はあ!?」

無情な言葉に声を荒げても、ハンジはまるで気にせずに、モブリットのシャツのボタンを外し始めた。抵抗しようにも、手首はいつの間にか冷たい手錠でベッドの木枠の隙間に繋がれていて、動けば鈍く痛むだけだ。自由はない。

「やめ……っ、どういうつもりですか!」
「膝詰めてお話し合いをするんだろう?」

そう言ったハンジがわざとらしく下がる。モブリットを跨いでベッドについた膝を閉めると、互いの膝が当たり、同時にハンジが身体を倒した。モブリットのシャツを開いて肌蹴させ、中指で腹の真ん中をすうっとなぞる。

「……っ」

繰り返される動きにやっと慣れてきたと思ったら、今度はいきなり右にずれた。
胸の先端を掠められて、辛うじて飲み込んだ声の代わりに、モブリットの身体が跳ねる。
その動きをじっと見つめて、ハンジが身体をひたりと寝かせた。素肌にすり寄るように顔を寄せ、啄む唇が、臍から胸へと上ってくる。左手で摘まれて、背筋が跳ねるのを堪えたところで、逆の乳首をハンジの舌がちろりと舐った。

「ぅあ……ッ」

何なんだ。
資料室で乱暴なキスを押しつけたのと同じ唇が、形を確かめるように甘い動きでモブリットを翻弄する。舌先を動かされて、たまらず身体を捩ると、滑るように反対の先に噛みつかれて、また悲鳴が喉をついて出る。
普段だってしないくせにいつ覚えてきたんだこんなこと。

「いい加減に……」

また不意に過ぎってしまったくだらない感情を振り払おうと言い掛けたモブリットは、しかしハンジの動きに口を閉じた。
ずるずると額を擦りつけながらまた臍へと下ったハンジが、スラックスの上からモブリットの膨らみにまで口をつけたのだ。

「ちょっ、」
「汚れちゃうね」

モブリットの方は見ない。ハンジの手がジッパーをおろす。
先程のキスと今の行為で、否応なしに高まってしまっていたそこを、ハンジの指先が乱暴に晒した。
まだ付け根の辺りだけ悪戯に何度も口づけて、右手がそれを持ち上げる。先端をくるりくるりと撫でて、手のひらの部分で袋もぐっと押し潰された。

「う、あ……っ!」

先走りで滑った出口を強く押されて、モブリットの口から堪えられない嬌が上がる。けれどもハンジの追求は止まず、指で作った輪の中で、モブリットの昴ぶりを上下に扱き始めた。緩急のついた動きが次第に激しくなって、押さえつけられ自由にならない身体が、痛みを伴った快感で跳ねる。

「ンジ、さん……ッ、それ、もう、やめ、アッ!」

伸ばされた左手で胸を摘ままれ、臍の辺りを啄んでいた唇が下におりる。裏筋から先端へと舐められて、モブリットはガシャリと手錠を鳴らした。往復する舌の熱さが、モブリットの息を荒くする。フッフッ、と短い呼吸で整えようと努力はしても、その度にハンジの舌が、指が、モブリットの努力を嘲笑うかのように激しくなるだけだった。

「アッ、あ、――うぅ……ッ、ゥ、ぐっ」

焦らすつもりのない動きが弱い所を的確に射抜き、腰が跳ねる。押さえる為に締められるハンジの太腿の圧さえ、衣服越しの肌の熱さが伝わって、疼きを高めるだけになる。限界が近い。ハンジに扱かれ、意志と関係なく膨らみビクつく自身の昴ぶりを、手と舌で直接触れているハンジにはわかっているはずだ。
下腹部に張り付くように舐めていたハンジが、ちらりと視線を上げた。一瞬だけ絡まった瞳をすぐに伏せ、ハンジの唇は先端からモブリットを深く飲み込む。口腔の奥で、窄められて、刺激が背筋を貫いた。

「うあっ、アッ、アッ! ダ――、ハンジさ……ッ、ああ!」

ダメだ。出る。
引き剥がそうにも手は頭上で固定され、跳ねた腰もハンジの身体に押さえ込まれた状況で、為す術もなく。
モブリットは精を吐き出したのだった。

「――は、ぁ……っ、ふ……」
「……ん」

もう随分ハンジの声を聞いていなかったような気がする。
最後の一滴を出し切るまで喉を鳴らしていたハンジが、ようやくモブリットから顔を上げた。唇を零れる白濁液が、自身とハンジを繋いでいる。口の中に溜まったものをちり紙に出して、伝ったものを袖口で拭う。
――そんなことをしたら、シャツを洗わなければならないのに。
白みがかった思考でぼんやりと場違いな感想を抱いた。
生理的に滲んでしまった視界の中で、ハンジがモブリットの上から退く。ギ、とベッドの軋む音で、上に移動しているのだとわかった。
ハンジの手がモブリットの頬に触れ、眦をなぞる。落とした涙を拭う動作が、少しだけ戸惑っているようにも感じられた。
それから伸び上がって、頭の上でカチリと小さな音がする。脱力した両腕が、だらりとベッドマットに落ちて、ようやく拘束を解かれたのだとわかった。

「――ほら、ね。やっぱり声出してる」
「……っは……」
こんな風に強制的に与えた行為でそういうのなら。
痺れた手首の跡に触れるハンジの腕を素早く取って、モブリットはそのまま後ろに捻り上げた。

***

「ちょ――っ」

突然の反撃に振り向きかけたハンジを無視して、左腕で腰を抱く。
そのまま体重をかけて前のめりに押し倒すと、ハンジが上半身を上げようと動いた隙をついて、着ていたジャケットを素早く脱いだ。

「モブリット、何す……」

身体の下でもがくハンジの腕の肘より上を、ジャケットで乱暴にまとめ上げる。手錠よりは甘く、けれども広い範囲で拘束されて、ハンジが驚いた声を上げた。

「待っ――」
「声を出すのが俺だけか試しましょうか」
「モブリット――」

絶望的な声に罪悪感と嗜虐心が同時に芽生える。
両腕を前に投げ出した格好のハンジに後ろからぴたりと身体を寄せて、モブリットは腰を掲げるように両腕を回した。あの日全てを外せなかった、太腿のベルトを性急な手つきで暴いていく。腰布は捲り上げ、スラックスのボタンを外すと、ハンジが逃げるように腰をずらした。無視して右手を中に入れる。

「――、んッ!」

その声ではまだ足りない。驚愕の音色は邪魔だ。
脱がしきらないままのせいで狭い太腿の間に手を這わせ、下着のラインを軽く押す。ハンジの足に力が入ったのが、触れた箇所から伝わってくる。
下着の上から触る手間を省いて、モブリットは無遠慮に指を脇から中に滑り込ませた。

「ふぁ……!? ちょ、……いき、なり」

一度も触れていなかったそこは、ぬるりとモブリットの指を滑らせ、簡単に入り口にたどり着いた。びくりと前に逃げるハンジを、腰に回した左腕で引き留めて、モブリットは中指で真ん中の筋を弄る。

「ふ、ぅ……ぁ、ア、んん……ッ」

唇を引き結んで息を逃がすハンジの声が、喉に絡んで艶めかしい。何度か割れ目を往復させて、モブリットは不意に指をスライドさせた。

「――ひ、」

ぷくりと尖る部分に触れて、容赦なくそこを弾いて潰す。ハンジの身体が弾かれたようにモブリットの腕の中で跳ねた。親指でこねて、筋をなぞって下に向かわせ、また戻る。やだ、と辛うじて聞き取れる音が空気に溶けて、ハンジが腰をくねらせた。かまわず抱きとめていた左腕をするりと離すと、モブリットはハンジのスラックスを引き下ろした。

「やめ――、ぅわ!」

そうすると、予想通り少しだけ自由を得た上半身を反らそうとしたハンジを手伝うように持ち上げて、モブリットは自分の膝に座らせた。後ろ抱きで密着した首筋に舌を這わす。

「んっ」

再度回した右手でハンジの茂みの奥に指を滑らせる。
スラックスと一緒くたにずり落とした下着に邪魔されずに到達した中指を、そのまま中に差し入れた。
くちりと水音を響かせるそこへ二本目も入れて動かすと、余計に溢れだした粘液が指の間を伝い落ちて、ハンジが背筋をしならせた。

「ぁ、……んんッ!」

前にくず折れそうになったハンジを、自分の胸に引き寄せる。左手をシャツの隙間から胸に這わすと、ハンジがゆるゆると首を振った。抵抗と呼ぶには弱すぎる。刺激を待ちわびていたかのように硬く尖った先端に触れて、摘まみ、指の腹で優しく捏ねるように押し潰す。
縛られて自由にならない両腕が、モブリットの動きを阻むようにぎゅっと脇を狭めてきた。が、無視して耳の後ろをべろりと舐める。
剥き出しの臀部に、同じく剥き出しの昴ぶりを押しつけて、中の指をぐちりと曲げれば、ハンジの背中がピンと張った。反射のように上へと逃げる腰を追って、指の付け根までも深く入れる。ざらりとした壁を押すと、ハンジの口から堪え切れない嬌声が溢れた。

「や、だ、だめ――……モブリ……ッ、んあ、あ、あ、……ああッ!」

同時に指が締め付けられて、ぐちゃりと滑る量が増えた。
ひくひくと震える背中を宥めるように、シャツの上から唇で撫でて指を引き抜く。滴り落ちた粘液が、シーツの上に染みを作った。

「ふ、ぁ……っ」
「汚してすみません」
「ん、ッ」

囁くと、ハンジはそれにも反応したようだった。
鼻に抜けた吐息に、疼く自身を感じながら「声」と囁く。ハンジが僅かに身を捩って振り返った。
情欲に濡れた瞳が、モブリットを緩く睨む。
無言で腕を軽く揺すられて、モブリットはハンジを抱いたまま手を伸ばした。背中にまだ自身を押しつけるような格好になるが仕方ない。ハンジの手からジャケットを外し、拘束から解き放つ。多少赤くはなっているものの、擦れていないことにホッとする。まだ力の入らないでいるハンジの両手首を包むように抱きしめて、モブリットは呟いた。

「……すみません。身体、辛くないで」
「つらい」
「え」

間髪入れずに返されて、思わずハンジの顔を後ろから窺う。と、相変わらず睨むようにじっと見返してきたハンジは、ゆっくりと何かを押し出すように睫毛を伏せて、それからモブリットの胸に頭をつけた。

「……だから、もう、ちゃんとしようよ」

くだらない不時着を繰り返していた行為の決着は、この言葉が容易に着けた。

「最後までしたい。……モブリットは?」

言って、膝上で中途半端にわだかまっている衣服を、煩わしそうに動かし始めたハンジを手伝って引き抜く。深く息を吐いたハンジが、モブリットの胸からゆっくりと身体を起こした。返答をしないモブリットを、潤んだライトブラウンが見つめる。モブリットは、後ろから散々手を差し入れ、弄んだせいで乱れたハンジのシャツのベルトに、誘われるように手を伸ばした。ベルトを外し、ボタンも外す。

「声、聞きたい」

モブリットの肌蹴た胸に手をつけて、ハンジが言った。

「……俺ももっと聞きたいです」
「出させてよ」

言いながら、頬に上がってきたハンジの右手を取って、その掌に口をつける。
それから指にも丁寧に唇を寄せると、ハンジのもう一方の手が、モブリットの下に伸びる気配を察した。さっと掴んで行く手を阻む。

「……俺は、別に出させてくれなくていいですからね」
「さっき聞かせてくれた感じのクッソ滾る」
「無理矢理ダメ絶対」
「モブリットだって今の無理矢理だっ――ん、」

じたばたと自身に伸ばそうと動かしてきたハンジの手を、自分の腰に引っ張って、モブリットは唇を奪った。強引に、けれど今度はきちんと伺いを立てるように。頬を、首を、鎖骨を撫でて、合間に名前をそっと囁く。

「ふ、ぁ――」
「ん……、だから、あなたとしてたら勝手に出ますから」

理性の届かない本能で。
口惜しさを滲ませたはずが、熱っぽくなってしまった囁きに、ハンジが甘えるようにモブリットの膝に乗った。

「……気持ちいいんだろ」
「アンタもでしょうが」

きゅっとしがみついてくるハンジの背中を抱き返して、耳を食む。
小さな喘ぎを聞きながら、確かめるように脇をなぞって、モブリットは再びゆっくりとハンジの身体をベッドの上に沈めたのだった。


【→5】


1 1