蕾の季節はまだ遠い




ほとんど変わらない体躯だと思っていたのは、いったいいつまでだっただろう。
一度衣服を脱ぎ取ってしまえば、顕著に現れる体格差は、いっそ嫉妬に値する。

「……っ、ん」

後ろからくつろいだ足の間に収まって、甘やかすように回された腕で胸の辺りを触れられて、ハンジは抗議とも催促とも取れる声で身を捩った。
下着とシャツだけを簡単に着込んで、まだ珍しく気怠い様子のモブリットにもたれたのは、単に悪戯のつもりだった。
部下から恋人へと変わる行為の逆をなぞるように、恋人から部下へと戻るまでの面倒くさい戯れのつもりで――、それ以上をまさかモブリットから仕掛けてくるとは思ってもみなかったというのが正しい。
さわさわとシャツの上から膨らみの位置を確かめるように軽く摩り、まだ止めてもいなかった袷の間からするりと右手が入り込む。

「あ、ちょ……っと、待っ――、ん……」

びくりとして思わず振り返ったハンジは、待ってましたとばかりのタイミングで唇を食まれて言葉を飲み込んだ。

「……ビックリしたわ。何。珍しいね」

ちゅとリップノイズを響かせて離れた可愛らしいだけのキスはすぐに離れ、代わりに肩口へと鼻を埋めるモブリットに、ハンジは後ろ手で髪の毛を撫でた。
直接肌をまさぐる手は、ゆっくりと胸の膨らみを揉み、下から掬い上げるような動きに変わる。

「第二試合?」
「……どうでしょうね」
「触るだけ?」
「考え中です」
「熟考かよ――、ンッ」

掴み所のない答えにくつくつと笑えば、それを咎めるように先端を親指で引っ掻かれて、ハンジの背中が丸まった。
いつもなら「早く着替えてください」などと言って、ハンジの悪戯などまるで意に介さないモブリットが、今日は本当に珍しい。
このままもう一度する気ならそれでもいいし、歳相応の悪戯で終わらせるつもりなら付き合っても別にいい。
首筋を啄むように何度も軽く唇を這わせながら、シャツの中で動く手は、まだそう激しい動きでもない。

「……ん、……甘えたい盛りなんだ?」
「そうですね。たまには」
「可愛くないなー」
「可愛い男が好みでしたか。アルミンみたいな?」
「アルミン? ああ、彼は美少年だよね――、って、わ! ちょ、っ」

突然シャツの後ろを引き下げられて、露わになった背骨の上をモブリットの唇が降りた。
薄い肉の上から骨へと落ちる振動は、身体の奥へと簡単に熱を灯らせる。
背中のそんな部分は、モブリットに触れられるようになるまで知ることのなかった弱点だ。肩胛骨の近くまで下りた唇を再びうなじへと戻しながら、モブリットの指先は先端を柔く撫でていく。
じわじわともどかしい快感の余韻が広がって、知らず吐息が早まり始めた。

「……もう少し続けても?」
「……あ、え? 胸?」
「直接、いいですか」
「いいけど。……なに。本当に珍しいね」

もう触っているだろうに、これは何の確認なんだ。
後ろから表情の見えないモブリットが、ハンジの答えで身体をずらす。
支えを失った身体を背中からベッドへと倒れるのを、モブリットの腕が間に入り、ゆっくりとマットへと沈ませた。

(直接、ってこっちからか!)

それからはっきりと上に乗り上げられた体勢に、やっとでその真意に気づく。
まだシャツを着ていなかったモブリットは前を寛げたままのズボンだけ穿いて、ハンジの乱れたシャツを丁寧に左右に開いた。

「ちゃんと脱ごうか?」
「考え中です」
「ここまでして!?」

じっと見下ろすモブリットの瞳の中に、熱は確かにまだ小さい。
ゆっくりと伸ばされた手にささやかな膨らみが沈み込み、ハンジはふっと息を飲んだ。
明かりを消せば良かった。
どうせもう後は着替えて戻るだけだと高を括っての戯れが、まさかこんな格好にさせられるなんて。
煌々とした明かりに照らされている事実が、今更やけに緊張を高まらせる。

「……っ、く、ン」

ぷくりと固くなり始めた先端も、視覚的にどこにも隠しようがない。漏れ出そうになる声を持ち上げた腕の下で抑えていると、モブリットがそこをひょいと摘んだ。

「感じてます?」
「あっ――たりまえだろうがっ!」

バカか。何を聞くんだ。信じられない。
思わず怒鳴って頭を上げる。が、モブリットはいっそ冷静にとも思えるヘーゼルの視線をちらりと合わせて、そのままハンジのそこへ顔を埋めた。

「ちょ、えっ! 待――」

赤く色づく舌肉が、ハンジの先端をひたりと舐る。

「ふっ、ア!」

チロチロと小刻みに舌先でそこを刺激され、反対の胸も柔く揉みしだかれる。時折掠める爪の刺激に、我慢しきれず背中が反って、けれどもモブリットはその動きを止めてくれない。

「んんっ、ぅ、……は、あ、っ」

しっかりと両足でホールドされた身体は自由に捩ることも叶わずに、ハンジはシーツを握り締めた。息が上がる。
胸からぞわぞわと走る快感が、背筋を通り、腹部へ。その奥へと伝わってしまう。
直接の本当の真意をはき違えていたことに気づいても後の祭りだ。
前から触りたい、というだけかとと思っていたが、直接、口で、だなんて。

「ひゃ、う!」

カリと甘く歯で食まれ仰け反れば、それに合わせた唇がすかさずハンジの先端ごとを吸い込んだ。じゅう、と水音が鼓膜に響いて身体が跳ねる。咄嗟に押し返そうと肩を押したハンジにかまわず、モブリットは反対側の胸を簡単に口に隠してしまった。今まで舐められ硬く尖った先端は指の腹で強く弱く押し潰されて、身体に走る稲妻のような快感が全く緩まない。

「ちょ、……待っ、た! や、やりす――ふ、わっ!」

熟考中じゃ済ませなくなる。
肩を押すハンジの指先が耐えきれず震えて、モブリットのそこに爪痕を残した。執拗に舐られる一カ所から全身に信号が送られるみたいだ。規則的なようで不規則な刺激がハンジの身体の奥の奥へ、甘い疼きを走らせる。

「モ――……、リ、ット」

鼻を膨らみに押しつけて、舌肉がぴちゃりと音を立てる。
粘着質な水音も、甘く温い吐息も、たまらなくハンジの肌を泡立たせる。
珍しい。モブリットが一度終わった後で、ここまで悪さをするなんて。

「ど、どうした……ン、のさ」
「何がですか?」
「いつも、こんなことし、しない、だろ?」
「こんなこと?」

舌を直接つけたままで、モブリットが不思議そうにヘーゼルの瞳にハンジを映した。やめろ、と内心で毒づきたくなる。そういう格好でジッと見るな。明かりの下で、シャツも肌蹴て、シーツの上で、隠せるものがまるでない。
ハンジは蕩けそうになる思考を睨むことでどうにか堪えながら、モブリットの髪をくしゃりと撫でた。

「胸、そんなに好きだったっけ」
「ああ――」
「んぅぅっ!」

言うなり答えず吸いつかれて、ハンジは咽喉の奥で悲鳴を上げた。
離させたいのか抱きしめたいのかわからない感覚で、モブリットの髪を思わず掴む。もう一方の胸へも愛撫の手を緩めないまま、モブリットがふっと鼻で息を吐いた。

「な、何するんだ! ――んっ」

無理矢理されているわけではないが、合意とも言いがたい行為じゃないか。声を荒げたハンジの胸に、モブリットがちゅっと強めに唇をつけた。離されたそこに赤い跡が散っている。

(うわ……本当に珍しいな)

行為の跡をわざわざ付けるような初々しさなどとうになくなっていると思っていたのに、落とした跡をどこか満足げに見ているらしいモブリットの表情は存外可愛いと思ってしまった。
ぱちくりと目を瞬くハンジにその表情を隠しもせず、モブリットはすぐにまた同じ場所へとキスを落とすと、今度は甘えるように舌先もひたりと付け始めた。

「モブリット……?」
「好きですよ。最初から」

くすぐったさに身を捩れば、モブリットは再び先端に唇を当ててそう言った。はあ?と間の抜けた声が出てしまう。嘘言え。胸で選ばれるような形の良さも大きさもないことくらいの自覚はある。なんのつもりかわからないリップサービスに呆れていると、モブリットの唇がまたぱくりと先端を食べた。

「ンッ、こ、ら……っ! もういいだろ――」
「今日」
「ん、……ぅん?」

唇と下で転がしながら独り言のように呟かれて、ハンジは鼻に抜けた声で答える。

「夕食の席で、女性の胸の大きさがどうのという話になって」
「はあ? ――ン、……それがどうし、アッ」

それはいつの――ああ、今日と言ったか。
言葉の合間に甘噛みをしてくるモブリットへの相槌は、なかなか骨が折れそうだ。けれど話し続けるつもりらしい彼が時折視線を合わせてくるのに応えながら、ハンジはぞくりと這い上がる快感をモブリットの髪を撫でることで誤魔化して先を促してやる。

「大きいのがいい、という意見が多くて」
「そりゃ、そ、だろ……」
「何であなたが肯定的なんですか」

ふ、と笑う吐息で胸の奥までくすぐったくなる。浅く息を吐くハンジの胸をモブリットは確かめるようにやわやわと揉みしだいた。

「ぁ……はっ、ンン……っ」

胸は大きい方が視覚的にも見応えがあるし、触れば気持ちいいのはペトラやリーネで確認済みだ。同性だからこそ堂々と見て触った感想は、おそらく異性ならもっと顕著になるだろう。
だからといって今更ないものはどうしようもないし、そこを過剰に意識もしてないハンジの胸を、モブリットはおかしそうにくつくつと咽喉の奥で笑いながら、弄り続ける。

「大きい方が、気持ちいい、だろ」
「感度が良くなるんですか? 初めて聞きました」

触った側の感想だとわかりそうなものだろうが。
やけに真剣な顔でハンジの尖りを舐めたモブリットが、ハンジの様子を窺うように視線をあげた。

「ちーがーう! そっちの話じゃなくて! あ、わっ、モブ……ッ!」
「良さそうですけど」
「う、うるさい、っ」

ふざけているのか。真面目か。どっちだ。
そんなにされたら誰だって良くなるだろうがと睨んでやるが、モブリットはまるで意に介さず、またやわやわとハンジの胸に触れる。

「ない胸を揉み続ける君がわからない。そんなにしたってもう大きく何てならな……ん、ね、もういいだ――わッ」

おもむろにまた敏感な先端を舐られて、ハンジはモブリットの頭ごと抱きしめてしまった。
反った背中でシーツとの間に出来た隙間へモブリットの腕がするりと入り込み、更に唇が押しつけられる。

「さっきの話ですが」
「え? あ、ああ、大きい胸がどうとかって……?」
「俺は別にどうでもいいかと思ったんですけど」
「ちょ、ちょっ! やりすぎ――ッ」

歯先でくわえたままもごもごと喋られれば、振動が甘い痛みを伴ってハンジの身体を痺れさせる。
乗り上げらた素肌の密着した部分が、身を捩る度に擦れて、それすら疼く原因になる。

「大きさなんて気にしたこともなかったんですけど、あなたが甘えてきたりするから、改めて確認しようかと思いまして」
「わ、わかった! わかったからもういっ、ひゃっ、アあぁ!」

もう舐られすぎて快感の逃げ道がわからない。じゅうっと音を立てて強く吸われて、ハンジは押し退けようとしていたはずの両手でモブリットの頭を抱き締めた。意図せず身体が小刻みに震える。
ハンジの身体に乗り上げて抱いたままのモブリットが、先端を唇の中に隠しながらその様子を窺っていた。
もうイヤだ。なんなんだ。そんな目で見るな。身体の震えが止められない。

「……ンッ、ぅ……ふ、っ」

まさか胸だけでこんなことになるなんて。
悔しいのかもどかしいのかわからない気分でハンジは息を整えようと、必死で呼吸を繰り返した。モブリットが舌先からぬらりと糸を引いてそこを離しても、唇の隙間から濡れる吐息を漏らさないよう引き結ぶので精一杯だ。

(何だよ……なんだよ、馬鹿か! 胸の大きさなんてどうでもいいわクソッ! 確認ってなんだ馬鹿。そんなにしたって今更デカくなるかバーーーカ!!)

吐きたい悪態は山のようだ。
だがそのどれも、口から出すには身体が言うことをきかなすぎる。
ようやく胸から手を離したモブリットが、はっはっ、と浅い呼吸を繰り返しているハンジの頬に労るように手をやった。それにすらぴくりと反応を返す自分の身体が小憎たらしい。想定外もいいところだ。ちょっと悪戯を仕掛けただけのつもりだったのに。
小さいくせに胸だけでと思っているだろうモブリットの顔を想像して、ハンジは眉を寄せてゆるゆると目蓋を持ち上げた。と、そこに見えたのは、想定外の表情でハンジをジッと見下ろしている彼だった。

「……ット?」
「そういう……」

親指が、ハンジの唇をなぞり、くぷりと口中に入り込む。

「んぅ……」

苦しくならない程度の抜き差しで舌をなぞる動きがやけに艶めいて、そのくせモブリットの表情はどこか苦しげに見える。ちゅぷ、と一度きちんと吸うように舐めてから、ハンジは「モブリット」と名前を呼んだ。

「大丈夫?」
「……やっぱり俺、あなたの胸、好きです」
「………………」

胸だけかよ。
妙に真剣な口調でされた告白に、ハンジは内心で毒づいた。
大きい方が良かったなどと言われてもどうしようもないことだから、好きならまあそれで良いということにしよう。

「結論が出たようで何よりだ」

その為にあんなに胸だけ弄り倒したのかこの野郎と思わないでもなかったが、そう言って、ハンジはモブリットの身体を押した。けれどモブリットは動こうとしない。

「ちょっ、と。モブリット? もういいんだろう?」
「……大きさというか」
「うん? それはもうわかったしどうでもいいよ」

上半身をなんとか持ち上げようともがくと、ようやく少しだけ身体を下にずらされた。太腿の上に乗り上げられたままで妙に近くで見つめ合うような格好になる。

「モブリット、そこ退いて。ちゃんと着替える――って、おいおいおい。何してるの!」

おもむろにモブリットがハンジの肩に掛かるだけになっていたシャツを引き抜いた。
彼のこんな行動も予想外すぎて意味がわからない。
思わずシャツの落とされる方を振り向こうとして、けれどモブリットがハンジの顔をぐいと掴んだ。

「なにす――」
「夢中になりました。声とか、あんなのずるいですよ。その顔もずるい」
「は、はあ!?」

足の上に乗られているから逃げることも叶わない。下に履いているだけの格好で向き合いながら、モブリットはハンジの唇が尖ってしまいそうなほどきゅっと両手で挟みあげてくる。

「ひょ、ひょっと、もふりっ」
「第二試合、駄目ですか」
「………………」

ここで言うのか。
情緒だとかムードだとか、いつもはもっと大切にしろというのはモブリットのくせに。
人の上に乗り上げて退路を断って、口を思い切り窄めさせて、ムードもへったくれもないじゃないか。
むうっと尖る唇に、上目遣いのモブリットが窺うようにそこを合わせた。そんなキスもまるで拗ねている子供のようで情緒がない。
ハンジの無言をどう思ったのか、モブリットも無言で思案するような顔になり、それから何か閃いたらしい。光明を見いだしたような表情になる。

「胸、もっとちゃんとしま――わっ!」
「馬鹿じゃないのか」

放っておいたらまた同じことを繰り返しそうなモブリットを、ハンジは渾身の力で突き倒した。さすがに勢いよく後ろに倒れ込んだモブリットが慌てて身体を起こそうとするのを、ハンジは乗り上げて許さない。

「もういい」
「あの」
「だからさ」

さっきまでとは逆の位置を陣取りながら、ハンジはモブリットの肌蹴たシャツの中に手を置いた。もう汗はすっかり引いている。夜気に触れ、冷え始めた皮膚の下、とくんとくんと脈打つ心臓の動きは常より少し早い。

それに。

唯一の布越しに感じる下腹部の熱は、ハンジに負けていないと主張していた。そこを確かめるように擦り合わせて、ハンジはモブリットの手を取った。今度は自分からその指を食む。

「っ」

モブリットの咽喉が鳴る。
ハンジの様子を窺うモブリットの手に唇を落とし、ハンジは見下ろす視線を僅かに顰めた。
第二試合を希望するならそれでいい。
だけども次は、同じ箇所はもういらない。

「……こっち」

して、と瞳で告げて、ハンジはモブリットの上で膝を立てた。


                                  【→】