年下の彼氏がたまに可愛くて面倒臭い




意外と長くなってしまった打合せを終えて、エルヴィンやリヴァイと食堂に入ったのは、夕食で賑わうだろう時間を多分に過ぎた頃だった。
トレーに乗せた質素な食事を木製のテーブルに置いて、いざ食べんとした時だ。ドッと笑い声が聞こえた方へ顔を上げて、私はおっと目を瞠った。

「あ、モブリットだ」

他の班の仲間たちと盛り上がっている彼を見つけたのは偶然だった。
普段は一緒にとることの多い食事だが、今夜の会議は時間の目途がつけ難かったし、差し当たって班員への通達で急ぎのものもないものだった。
だから先に食事も済ませて休んでいいと指示は出していたけれど、まさかこの時間にまだ食堂で話に花を咲かせているとは予想外だ。

「ん? ああ、そうだな。向こうへ行くか?」
「いやいいよ。別に何か用があるわけじゃないし」

私の視線の先を振り向いたエルヴィンにそう聞かれて、スプーンを振って軽く答える。
別にそんなつもりで言ったわけじゃ全然なかった。ただ気づいたから言っただけだ。
いつもは何くれとなく私の傍にいることの多いモブリットが、同期らしい彼らと親しげに話す場面には、実はあまり立ち会ったことがない。気負わない表情で笑い、無遠慮に肩を抱かれて面倒くさがる彼という珍しいものが見られて、何だか得した気になった。

(……ぶふっ。楽しそう)

自分で言うのもなんだが、そこそこに名の知れた奇人の上官があまり長居をしてしまっては、せっかく楽しんでいる彼らの談話に水を差すことになるかもしれない。モブリットは私の気の置けない副長であることに間違いはないが、同期や友人という枠と同列になり得ないことは知っている。そのくらいの配慮は出来るつもりだ。

「仲間に入れてほしけりゃ、そう言っていつものように突っ込んでくればいいじゃねえか」
「リヴァイ」

そう思いながらパンをちぎり、スープに浸して口に運んでいると、前の席に座るリヴァイがおかしなことを言ってきた。
何やら微笑したエルヴィンまで便乗してくる。

「俺達は構わないぞ?」
「はあ?」
「巨人以外興味がねえみたいな面してるくせに、アイツのことだけは面白いくらいに独占欲がだだ漏れてやがる」

何だそれ。そんなわけないだろ。独占欲が聞いて呆れる。
私はまさかと二人に向かって肩を竦めた。

「何言ってるんだ? 珍しく無邪気な我が副長さんを見つけたから、微笑ましく見てただけだろ。語らいを邪魔する気なんてないよ。というか、むしろさっさと食べて行こうよ。団長と兵士長なんて、委縮させたら可哀想だろ」
「あいつが今更委縮するようなタマか」

クッと喉の奥で笑ったリヴァイを無視して、ちぎったパンを味のうすいスープでそのまま流し込む。
ガツガツとかき込んでいる私を、まるで汚物でも見るかのような目で睥睨したリヴァイは、そっと自分のトレーを手前に引いて、更に隣のエルヴィンの方へと少し寄ったようだった。見ると、二人のトレーはほとんど空になっている。

「……あれ? 二人とも食べるの早くない?」
「君が副長を見ている間に、俺達は口を動かしていたからな」
「そんなに見てなかったよ!」
「お前の体感時間はどうでもいい。見るなとは言わねえからさっさと口を動かせクソメガネ」

何だか私が我を忘れてモブリットをずっと見ていたような言い方だ。
だからそんなわけあるかって。二人していったい何なんだ。
そもそもエルヴィンは一口が大きいんだ。だからどうしたって食事のスピードじゃ有利だし、リヴァイは――……リヴァイはよくわからないけれど、小さいくせに早食いなだけのくせに。ネズミかリスみたいに咀嚼がやたらめったら早いんじゃないのか。今度検証してやろうかチクショウ。

「俺は食い終わった。先に戻る」

むっとしながらパンを飲み込んだ私は、そう言って立ち上がりかけたリヴァイの足を、椅子の下でバッと絡めた。迷惑そうな表情を隠しもせずにこちらを見るリヴァイとエルヴィンを、もぐもぐと口を動かしながらで交互に見遣る。

「どうせ一緒に来たんだ。出るとこまでくらい一緒でも別にいいだろう? あ、それとも二人とも誰か待ち人来たりて?」
「さっきの話を来週の会議用にまとめるだけだな」
「リヴァイは?」
「うっせえな。来ねえよ」
「だろうね。ペトラ、今日は泊まりでニファと買い物行くって言ってたし――イタッ」

明日の非番を合わせて久し振りに楽しんできたいと、ニファから外泊の申請を受けたのは先週の話だ。キラキラと期待に瞳を輝かせていた彼女の願いを無碍にするような任務は、幸いにも入っていなかった。
ということは、リヴァイ班の男共は楽しい楽しい自由時間があるのみだ。

わかってて言ってやった台詞を終える前に、机の下で向こう臑を思い切り蹴られてしまった。
いってえ。意外と本気で蹴ったな、この人類最強の無駄遣いめ。
文句のひとつでも言ってやろうと顔を上げる。と、リヴァイは蹴られた私よりも深い皺を眉間に刻んでいた。
チッと忌々しげな舌打ちが聞こえる。

「早く食え。でないと先行くぞクソメガネ」
「あああ、今すぐ! 食べる! 待って!」

何だかんだで待ってくれるのかよ。わかりにくいけどわかりやすいな。
これが、畏怖と尊敬を持って部下に慕われる所以なんだろう。
冷たい表情の温かい申し出に、気が変わらないようにと私は残りのスープを音を立てて流し込んだ。そうして、私より先に食べ終えたくせに私より綺麗なトレーを持つ二人と共に席を立つ。

「行くぞ」
「はーい。いやあ、相変わらず綺麗な食べ方だよねあなた達」

食堂の出口へ連れ立っていくと、途中、モブリット達がいる方向から、一人ではない視線を感じた。けれどそれは多分にエルヴィン団長とリヴァイ兵士長様を気にしているものだろう。その証拠に、ちらりと視界の端で確認したモブリットはこちらを見ていなかった。

「お前がボロボロこぼしすぎるんだ。ガキか」
「いつもはもっと綺麗だよ! 今日はリヴァイが急かすからだろ」
「違う。いつもはアイツが食べこぼしの世話まできっちりやってるからだ。信じられねえ話だが」
「何がだよ」
「彼は好きでしているんだからいいだろうリヴァイ」

頭一つ分も下の背丈で首を左右に振るリヴァイは、明らかに何も褒めてない。
その背に悪態をつきつどつきつしながら進んでる私達を、エルヴィンが仲裁してくれるのはいつものことだ。
その彼が苦笑しながらリヴァイを見下ろし、それからふと私の頭の結び目に手をやった。                                                                      
「ああ、ハンジ。頭にパン屑がついているぞ」
「……何で頭にパン屑が飛ぶんだ。髪でも食えるのかお前は」
「リヴァイが急かしたからだろ!」

モブリットと食事をしていてそんなところに飛んだことなんて一度もなかった。だからこれは絶対リヴァイがものすごく急かしたせいに違いない。
だというのに、頭にパン屑がついたくらいでやけに目を細めて距離を取ろうとするリヴァイにわざと近づいてやりながら、私達は食堂を立ち去ったのだった。


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