ONLY ME 〜third sentence〜
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いつ来ても大きい、とリザは思う。
実際部屋数も多いし広い。
佐官と言う地位だけではなく、同時に国家錬金術師の彼だからこそ持ちえる家だ。
使われない客間も一応の埃は払われ、いつ誰が来ても通す事ができるようにしてあるのもすごいと思う。
几帳面だ。
いつ誰がどう彼と過ごすのかは知らないけれど。
別に帰りを待っててくれ、と言われたわけではないので、目当ての物だけとってさっさと帰るつもりだった。
だがこうして渡された合鍵を手にして扉の前に立っている自分は、柄にもなく緊張している。
一度それをハンドバッグの中に戻して、念の為ドアベルを鳴らしてみた。
暫しの緊張。
誰も出ない。
奇妙な安堵と喪失感に、おかしな溜息を吐きながら、リザはバッグから再び鍵を取り出した。
鍵穴にさし込もうと手を伸ばす。
「――お、リザちゃん?」
「ヒューズ中佐――?」
突然背後からかけられた声に、思わず手中のそれを隠すように握りしめた。
いまさら二人の間柄を隠す相手ではないとは思うが、
ヒューズの前で当たり前のように合鍵を使いロイの家へ入るのは躊躇われた。
「ロイの野郎、まだ帰ってないのか?」
「ええ、そのようです」
ヒューズは小さなボストンバッグを抱えていた。
おそらく今日はロイの家に泊まるのだろう。
判断して、途端リザは自分がひどく場違いにいる気がした。
「私は失礼させていただきますが、大佐はもう少しで戻られると思います」
ピアスは今度にしよう、と思った。
別に他にもあるのだ。何も今日じゃなくてもいい。
「何で?家入れてよ」
「は?」
しかしさも当然とばかりにそう言われ、リザの方が面食らっってしまった。
ここはリザの家ではない。
入れる入れないは家主のロイが判断するべき事項だろう。
呆けた返事をかえしたリザに、「ソレ」とヒューズはリザの右手を指差した。
「ここの鍵だろ?ああ、俺が急な邪魔者なんだから、気にしないでくれな」
早く早くと急かされて、つい鍵穴に差し込んでしまった。
かちりと言う音がしてノブが回る。
どうしたものかと思うのだが、ヒューズの言動に体は勝手に反応を示し、
あたかも客をもてなす女主のように来客用のスリッパを勧めてしまった。
「なーんもない部屋だなあ、オイ」
生活感てものがないと思うね、俺ぁ。
居間に案内するとソファに腰をおろすなり、開口一番ヒューズがそう言う。
その意見には同意できる。
お茶を入れますね、とキッチンに向かうリザの背に、ヒューズが
「でもあれはリザちゃんだろ。センスいいねぇ」
と声をかけた。
振り返ってそれが先日ロイと選んだドライフラワーだとわかり、僅かに微笑んで礼を言った。
研究のための書庫は一見雑然としすぎて、何が何やら分からなくなることもしばしばだったが、
その他の部屋は整然とされている。
リザが「少し殺風景ですね」と言ったのを耳聡く聞きつけたロイが、
「なら君が何か見立ててくれ」と言ったのを思い出した。
最初は生花を勧めたのだが、結局水遣りが面倒だとドライフラワーになったのだった。
彩り華やかとはいえないが、それなりに色を添えている。
手際良くケルトを火にかけ茶葉を用意するリザに、お構いなくと声がかかった。
「悪いな。今日ロイと約束あったんだろ?」
「いいえ。大佐に預かって頂いていた物を取りに伺っただけですから。
私こそすぐに帰りますのでお構いなさらないで下さい」
「何で」
――なんでって……
答えに窮するリザの耳に沸騰を示す蒸気音が届いて、慌ててガスからおろした。
カップ二つと指示されて、言われるままに自分の分も注ぎながら内心で「何やってるの」と叱咤した。
「リザちゃん帰して俺だけ残ってたら、アイツに何されるか」
「そんなこと……」
ありえません。
否定をつむごうとしたリザの言葉は、しかしヒューズに遮られた。
「わかってねえなぁ。男は友情より愛をとって生きてんだぜ」
愛、といわれてリザの体がピクリと揺れる。
それに気づかない振りをして、ダイニングテーブルにカップを置いた。
「家の合鍵なんて、単なる副官には渡さないぜ、普通」
それは――そうだろう。
身の安全の為もあるし、リザがそれだけロイと死地を生き延び、
信頼を得た優秀な副官であるからこその証だとリザは思う。
それは誇りに感じるし、ロイがそう認めていると思うことは純粋に嬉しい。
軍人として側近として。
傍にいることを認められるのは、リザにとって絶対の安心だ。
女だからという理由で認められる存在価値は、ロイにとって重要な地位を占めていないと思うから。
黙り込んだリザの思考を読み取ったかのように「リザちゃん」とヒューズが続けた。
「アイツは君だから渡したんだ」
信頼してんだよ、君を。
「ありがとうございます。けれど貴方のことも、大佐は心から信頼していますよ」
事実を告げれば、まあな、という返事。
「でもやっぱ、」
言いかけて、カップに手を伸ばしたヒューズの目にからかいの色が浮かぶ。
「一番はリザちゃんだぜ?」
俺がグレイシアだってのと同じだ。
愛妻の名を出して口元まで持っていったカップに口づける。それからこくんと喉を潤した。
「私は大佐の奥方ではありませんし、ありえません」
「わかってねえなぁ」
きっぱりと否定したリザに苦笑して、ヒューズはリザに向き直る。
立ったままカップを持っていたリザがそれに口をつけ、飲み込んだのを待って言う。
「そもそも俺は、アイツが合鍵を作ったって事実に驚かされたんだぜ」
必要ないの一点張りだったんだ、と続けられて、リザの方が瞠目した。
何度も「要りません」と断ったにも関わらず、
最後には「上官命令」で半ば強引に渡された小さなそれが、リザの為だけに作られたとでも言うのだろうか。
「なんで……」
思わずそんな言葉がリザの口をついて出る。
最初は書類を届けて欲しいとか、起きれないから迎えに来いとか些細なことで使用した。
それが体調を崩したロイの見舞いで使われ、ロイを待つために使われ、こうして今も有効に使用されている。
「先に行ってて」というロイの言葉に頷いてしまうようになったのは、果たしていつからだったか。
流石に誰にでも、とはいわないが、かつての恋人にくらい渡した遍歴はざらにありそうだ。
こうして副官のリザに何の抵抗もなく渡してしまうくらいなのだから。
「あ、言っとくけどな」
めぐる思考の波にとらわれていたリザに、ヒューズが慌てたように付け足した。
「自分の家に女あげてるロイも初めてだぞ!あいつそういう節操は意外にお堅いから」
テリトリー内ではやりません、とでも言うつもりか。
そんな皮肉で内心対抗しながらも、リザは心臓が脈打つのが分かった。
――まるでまるで。
私が特別だとでもいう気にさせるおつもりですか、ヒューズ中佐!
「――まさか」
そうだ、まさかだ。
ヒューズの言葉に乗せられて、ここで図に乗ってはいけない。
だって中佐が知らないだけかもしれないじゃない。
――そう考えてハタと思った。
そんなことこそあり得ない、と。
ヒューズがロイを捉え違うなんて、それこそありはしないのだ。
「マジだって。だからリザちゃんはもっと自信を持っていい。有能な副官として。
そして勿論、リザ・ホークアイという女として。」
『 女 と し て 』
心臓がうるさくてどうにかなってしまうそうだった。
女として、ロイを求めてしまったら、ロイを縛る枷になる。
ロイの掃いて捨てるほどいる数多の女たちと同列になってしまう。
ロイの求めるものは、そんな女なんかではなく、目的の為に手段となりうる有能な……
そう考える自分が、既に途方もなく女でしかあり得ない事実に、一生懸命目を瞑ってきたというのに――
あの一瞬、あの腕の中で、優秀な副官としてではなく一人の女として、
ロイを求めて良いというのか。
どうしてこの人は、リザの揺らぐ決意を揺るがすことばかりをさっきから――
「それにさ、俺にもくれないんだぜー、合鍵」
「当たり前だ、馬鹿者」
「――――!?」
思考にとらわれすぎて突然の振って沸いた声音に、過剰な反応を返してしまった。
声こそあげなかったものの、勢いよく顔を起こしたリザを目敏く見つけたロイが、近づきながらヒューズに言う。
「男に合鍵を渡す趣味はない」
「女にもなかっただろ。いいなー、リザちゃんだけ特別扱い」
「当たり前だ」
一瞬だけヒューズを睨みつけ、すぐさまリザに向き直ると、その頬に手を寄せ「どうした?」と囁くように尋ねた。
優しく問われた声音にゾクリとする。
首を竦めて身じろぐリザの耳たぶに指を滑らせ、
「ああ、ピアスは寝室だったんだが……見つからなかった?」
「――た、大佐!」
触れた先から熱くなるのを感じ、思わず怒鳴る。
怒鳴るというより悲鳴に近い声だったかもしれない。
いきなり何てことを言い出すのだ、この男!
ヒューズには『預かり物』といった手前、情後の名残を感じさせるロイの物言いに、顔から火が出そうだった。
慌ててロイから離れようとするリザに苦笑して、ロイはもう一度耳たぶを掴むとわざと溜息を吐いて言った。
「今更だろう。この男はいないものとして扱いたまえ」
「オイオイ…それはどうも勘弁してくれよ」
ヒューズのからかうような台詞が聞こえる。
どうしよう。どうしたらいい。
「あ、わ、私、帰りますっ」
「――え、ちょ、リザ!」
ロイの制止を振り切って、ソファの横に置きっ放しのハンドバッグを手に取るとわき目も振らずに飛び出した。
心臓がイタイ。はずかしい。
柄にもなくあんなことで取り乱してどもるなんて何たる失敗!絶対赤くなっていた。
頬に手を当てたそこに血流を感じて、抑えるように顔を覆って、足早にロイの屋敷を後にした。
ONLY Me >>> 3