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ララミス星系☆遠距離恋愛未満(01) 膝を立てて座り込んだ足の上で、レイナは器用に折り畳みのキーボードをカタカタと操作していた。ケイオス・ラグナ支部にあるワルキューレの休憩室は、まだ他に人はいない。いや、正確には奥のシャワールームでレッスン前の整備で付いてしまった油汚れを落としているマキナがいるが、それだけだ。 普段なら一番先に来ているはずのカナメは、おそらく後30分ほどでやってくる。その前に、と前日のログファイルを呼び出して、レイナはイヤホンを自分の耳にさした――時だった。 「レイレイ、それ何? 新曲デモ?」 「マキナ」 ひょいと後ろから掛けられた声に振り返れば、マキナが豊満な身体をバスタオルに包みながら立っていた。拭い切れていない滴が胸の谷間に落ちていく。それを指でとんとんと自分の胸を叩いて示しながら、レイナは小さく首を横に振った。肩に掛けたバスタオルの端でそれを拭ってマキナが近づく。 「違う。ログ」 「ログ?」 「カナメと」 「データチェック? カナカナに何か頼まれ、て――」 後ろからレイナの持っている端末を覗き込んでいたマキナが、内容に気づいて言葉を止める。うわあ、と期待に満ちた素直な感嘆の声を上げるマキナの前でするすると操作を進め、レイナはノイズの除去を開始させた。 「メッサーの」 「レイレイ、カナカナのプライベート端末盗聴したの? ダメだよ〜。今が一番危険な会話してる頃なんだから?」 「違う。業務端末でしてた。……から、混線はたまたま。偶然」 そもそも盗聴が問題だということは、マキナとレイナには関係ない。ダメだと言いながらも既にわくわくとした表情でレイナの隣に腰を落ち着けたマキナは、ちゃっかりとレイナの片耳からイヤホンを奪って待機しているくらいだ。 「業務端末でメサメサと会話してたの? カナカナ、そういうところ抜けてるからなあ」 「カナメ、基本は業務端末しか使ってない」 「ええっ!? じゃあじゃあ、もしかしてレイレイ、カナカナのいっつも聞いちゃってたり……!?」 信じられないと大きく開けた口元を両手で隠すマキナは、それでも本気で非難しているわけではないらしい。自分も聞きたいと思い切り顔に書いてある。レイナはニヤリと悪い笑みをしてみせた。 元々は、別にカナメに照準を合わせて盗み聞きしようとしたわけではなかった。切欠は些細なことだ。本当にたまたま、日課のサーバーハックをしている時間に拾ってしまった多くの業務端末を使用した会話の中に、カナメとメッサーの会話が紛れ込んでいたのだ。それで、なんとなく。本当の本当になんとなく、適当な時間を計算して拾えれば当たりのゲーム感覚でチェックしていたに過ぎない。それがなんとなくほぼ毎日になって、なんとなくほぼ毎日ログを探し出しチェックをしているのは、ルーティンワークのようなもので他意はない。 マキナの言うとおり、さすがに二人のプライベート端末の会話にまで聞き耳を立てるのは無粋だという意識もあるから、そちらへはむしろ他からの一切の邪魔立てをブロックするプログラミングまで密かに構築を終えている。万が一、うるさい週刊誌やゴシップ誌がいらぬ波風を立てようとすることを想定しての防波堤だ。けれど、カナメがそちらを使って連絡を取ることは少ないようで、今のところ作動した形跡はまるでない。 「あれからもう半年? さすがにまだ一回も会いに行けてないもんね、カナカナ」 「まだ、無理」 「だよねえ」 ノイズ除去を知らせる画面にOKボタンを押して、これで準備は完了だ。通話時間は10分弱ととても短い。開始時間が早朝になっていることを思えば、そう長話は出来なかったろうと思いながら、レイナはマキナの言葉に頷いた。 アル・シャハルでの激戦を生き延びたメッサーが、それからしばらくの後、やはり予定通りにララミス星系へ旅立ったのはちょうど半年ほど前のことになる。あわや撃墜かと思われたジークフリードに頽れたカナメが、メッサーの生還に涙を流していたことは、それでもまだ記憶に鮮やかだった。 ワルキューレのリーダーとして、今やレイナが一番カナメとの関係が長い。面倒なことも真正面から引き受けて隙なくこなそうと張り切る、エライ人間もいたものだと、最初は歯牙にもかけていなかった。面倒くさい役回りを仕方なしに与えられふてていたレイナにとって、カナメも、ワルキューレもどうでもいい。けれど一人減り、一人増え、そうして出来上がってきた今のワルキューレを、レイナは悪くなく思っている。 それはマキナという存在と――そしてやはり、どんな時でも歌とワルキューレの為に腐心してきたカナメの存在を抜きにはあり得ない心境の変化だった。素直に認める。 そのカナメが人目をはばからず泣き崩れ、運ばれる彼の姿に「メッサー君、メッサー君」と取り乱していた姿は、想像を遙かに超えた衝撃だった。美雲の歌を初めて聴いたときの心のゾワゾワに少し似ている。いや。それよりもズキズキ成分の多い姿は、見ていてとても辛かった。 メッサーの意識が戻った後もほとんど付きっきりでケイオス内の病室に通っていたカナメが、そこで彼とどんな話をしたのかはわからない。けれどメッサーの再び旅立つ日、一度目の時よりも素直で晴れやかな表情をしていたカナメと、ピシリとしたお手本のような敬礼をしたメッサーが、その後僅かに微笑み合った珍しい表情を見れば、自ずと二人の進展は知れた。 「早く終わればいいのにね」 「軍も、本当ダメダメ」 「ねー! 恋人たちが干上がりクラゲになっちゃいますーって感じなのにね!」 ごちん、と頭を合わせてきたマキナに微笑して、レイナも静かに同意した。 ウィンダミアとの最後の戦いは既に幕は下りているけれど、和平交渉や新統合軍との利権や過去の軋轢を巡る問題に終着は乱れ、一応の平穏が訪れているだけの今だ。まだメッサーのいるララミス星系への渡航はなかなか難しい問題が多々あった。 単純に距離的な問題。それに各地で未だ収まりきらないヴァール化の鎮圧ライブというワルキューレ本来の目的の為だ。過去に発症経歴もなく、発生率を見てもどの銀河系より格段に低いララミス星系に、銀河級のワルキューレが早々避ける時間は取れない。 下手をすればキスもハグも年単位の長いスパンで不可能な二人は、大丈夫だろうか。まだ若いのに。特に、メッサーは今も盛りの青年なのに。 「まあでも、だから心配で毎日電話しちゃうっていうのが意外というか。カナカナ結構乙女なところあるよねえ」 「メッサーからも、メール連絡はしてる」 「そっちももしかして業務端末で?」 「これ」 「うわあ……」 ログ画面の横から別の画面を呼び出して、画像フォルダをクリックすると、出てきた短い文面を見て、マキナが呆れたような声をあげた。気持ちはわかる。最初の数ヶ月はただの業務連絡やコピペのような一日の挨拶、それから徐々に顔文字が増え――この当たりはカナメの返信に感化されてきたのだとわかる――、最近ではスタンプでの会話という、メッサーからは想像も出来ない可愛らしいやり取りが続いているのだから。 「意外。何この『ちゅかれた……めそっ』スタンプ」 「カナメがプレゼントしたらしい」 「あ〜、カナカナ好きだもんねこのシリーズ。でもメサメサがちゃんと使ってるとか、きゃわわっ」 指先でざっとスクロールさせると、カナメの送った『だいしゅきホールド』なるスタンプに『ホールド返しだお!』という激しい拘束をしてハートを飛ばす猫のスタンプが返されている。 ひとつひとつのやり取り自体は非常に短い。 けれどどう考えても毎日に近い。 遠距離中の半年は、今のところマキナの予想とは斜め方向ではあるものの、そう悪い方へは進んでいないようで何よりだと思えた。 この分だと通話はどんな変化をしているのだろうと出歯亀期待の高まっているマキナにせっつかれて、レイナはメール画面を引っ込める。 「やっぱり会話もあんま〜いのかな? レイレイ今までのいくつか聞いてるんでしょ?」 「あまあま……けど、甘くない」 「んん?」 今までのログ分析から素直な感想を伝えたレイナだったが、マキナは不思議そうにぱちくりと目を瞬いた。小首を傾げ「なにそれ?」と人指し指を下唇に当てて考えている。 だがこれ以上の説明は大変難しい。百聞は一見に如かず、だ。 レイナはキーボードを操作して、今度こそログの再生ボタンをタップした。 【 ⇒ 】 メッサー君は生存ルート。 アル・シャハルに転属した後のメサカナのやり取りをハッキングしたマキレイのお話です。 (DVD3巻の小劇場ネタ少しあり) |