メッサー・イーレフェルト中尉の事情(03)




3.【メッサー・イーレフェルトの言い分】

想い人から、好きな相手がいると相談を受けた。しかもフラれたそうで泣いている。

少し前のブリーフィングルームでの休憩中、どうにも様子がおかしいと思い、俺が何か力になれればと仲間達の前から連れ出した思い上がりを、勢いよく叩き落された気分だ。
告白された涙の理由が予想外すぎたせいで、どの態度が男として正しいのかわからない。

「え、いつ――」

とりあえずこれはないだろう。明らかな選択ミスをおかした台詞は、思わず敬語もすっぽ抜けてしまった。
案の定、俺の不躾な質問に、彼女は傍目にはわからない程度に一瞬顔を歪ませた。

「……昨日。偶然。聞いちゃって」
「昨日? レイナ達と食事に行ったんじゃなかったんですか?」
「そうだけど、だから――……って、何で知ってるの?」

しまったと思ったが遅い。
ぽろりと溢してしまった俺が知る由のない個人情報に、カナメさんが涙に濡れた目を瞬いた。
何でも何も、そう仕向けた張本人が俺だからだ。

「……偶然、聞きまして」

昨日、また断る形になってしまったカナメさんとの夕食の時間を、誰か誘ってくれないかと思っていたとき、都合よくレイナが歩いてきた。クラゲが食べたい、生きのいいクラゲ、とぶつぶつ呟いていたから丁度良いと思ったのだ。財布になるから彼女とマキナでも誘って好きな店に行ってくれないかと話をつけた。俺を誘ったついでのように、隊長やチャック達と食事に行ってほしくない――などと、付き合ってもいない相手に矮小な男の独占欲を出したつけが今か。
言い訳が許されるなら、本当は昨晩こそ誘いを受けるつもりだった。
けれど同僚からどうしても聞いてほしい話があると持ち掛けられた直後だったから、受けることが出来なかっただけだ。あまりに断り過ぎたせいでタイミングを逸していたし、カナメさんの「そっか。残念」と笑う声もいつものものだとばかり思っていた。
それでもまた、きっと誘ってくれるだろうと、もしかしたらどこかで高を括っていたのかもしれない。

いつの間に、俺はそれを当たり前だと思っていたのか。思い上がりにぞっとする。
一年前のクラゲ祭りで思い出しても恥ずかしい格好つけた別れをして、直後のエンゲージで共鳴をして。
俺の気持ちはとうに知られているものだと思い込んで、口にしてこなかった。
それでも、距離を詰めてきてくれる彼女に甘えていたのだと思い知らされる。
とんだ馬鹿だ。自分から何もしないで、彼女が他に行く可能性を忘れていたなんて。

「そっか」

全く疑わず納得したらしいカナメさんは、それから無理に明るい笑顔を俺に向けた。

「…うん! それでね、フラれちゃったので、メッサー君に慰めてほしいなー、なんて……」

言葉の途中でボロリとまた涙が零れた。誤魔化そうと笑顔を繕う姿に胸が締め付けられる。
こんな話、本当は誰にもしたくなかったかもしれない。気にしないでと言われていたのに、無理矢理暴くような真似をしてしまった。
こんなデリカシーのない男を彼女が選ばないのは当然だ。

「ご、ごめんね。あれ、おかしいな」
「あなたを選ばないなんて馬鹿な男だとしか言いようがありません」

笑いたくもないだろうに笑顔を作りながらゴシゴシと両手で目を擦る彼女の手を止めさせる。代わりにその小さな頬を包むように持ち上げて、親指の腹で流れる涙を横に流した。驚いたように瞬いて、けれどカナメさんは嫌がらなかった。
……ほら。あなたは簡単にこんな距離を俺に許してくれるから、勝手に都合よく解釈してしまっていたんです。
だなどと、この期に及んで責任転嫁も甚だしい。動かなかった俺のせいだ。動いたところで選ばれたとも限らないが。

「……そんなことない。彼は、見る目があったのよ」

フラれてなお、相手の男を庇うカナメさんは自嘲気味な台詞を吐いた。
見る目? むしろ目がついていないんじゃないのか、そんな奴。

「どこがですか。驚くべき節穴だ。パイロットなら致命的ですね。適性がない」

思わず早口で捲し立てる。カナメさんがまた少し驚いた顔をして、それから、小さく微笑した。

「ふふ、メッサー君、それ、おかしい……ふふ、ぅ……っ、うぅ〜〜……ッ……」
「――」

けれど途中で堪えきれないようにカナメさんの顔がぐしゃりと歪んだ。食いしばった歯の隙間から涙で濡れた息が漏れる。思わずその顔を頭ごと自分の胸に抱き込んだ。

「め、メッサー、く」
「誰も見ていません」
「っ」

さすがに慌てて離れようとする彼女を無理に押さえ込み、耳朶に吹き込むようにそう言えば、俺の胸元を突っ張っていたカナメさんの手がジャケットを強く握り締めた。嗚咽のような声が聞こえる。いつだって彼女の歌を、声を、欲していたけれど、こんなふうに知らない男を想って泣く声なんて出来れば一生聴きたくなかった。
塞げない耳の代わりに、彼女を抱く手の力を強くする。

「……好きだったんですか。そんなに」

馬鹿か。当然だ。聞くな。答えはわかりきっている。自傷癖でもあったのか俺は。
内心で罵倒する俺を知らずに、胸の中でカナメさんがこくりと小さく、けれどもはっきりと頷いた。心臓が抉られたようにギリギリと痛い。知りたくなかった。聞いたのは俺だ。馬鹿か。本当に馬鹿か。どうしようもない。
俺の腕の中で、カナメさんは堪えきれない相手への思いの丈を吐き出し始めた。

「……き、すき……、だいすき……っ」

そんなに。泣くほど想っていたんですか。いつの間に。相手は。どこのどいつが、あなたをこんなに傷つけたんだ。
許せない。あなたはどうしてそんなくだらない男に心を奪われてしまったんだろう。どうして、何故――

「っ、……ふっ、ぅ、……すき――……」

まるで自分に向けられているかのような迸る愛の告白に、瞼の奥がじわりと熱を帯びてくる。彼女が相手の名前を口にしないのをいいことに、言葉の一言一句を聞きたくて、せめて今だけは勘違いをしていたくて、抱きしめる手で背中をまさぐり、情熱的な赤い色の髪を撫で、項にさしこみ引き寄せる。
不毛だ。俺の腕の中で、他の男を想って泣き濡れる女神に、未だに恋い焦がれて止まないなんて。
だが、つけ込む絶好のチャンスじゃないのか。
不意に死神が悪魔のような声を脳裏に響かせて、俺は自分の心に愕然とした。傷ついたばかりの彼女を更に混乱させるようなことをするべきじゃない。

「……メッサー君は優しすぎると思うの」

そんな下卑た男の葛藤にまるで気づかない無垢な彼女は、俺の抱擁の意味を解さずそう言った。
少し落ち着きを取り戻した声音は、それでも涙で熱い。それが悔しい。

「俺は優しくなんてありません」
「優しいよ。……勘違いして甘えそうになる」

じゃあ甘えればいい。好きなだけ俺にわがままを言って好きなように使っていいから。俺ならあなたを泣かせたりしない。

「……メッサー君の恋人は幸せね」

そう思うなら。

「なら、あなたは俺にすればいい」
「え?」

しまった。思考が言葉に出てしまった。ひゅ、と胃の腑が冷たくなる音が聞こえる。身じろいだカナメさんが、信じられないとでもいうかのような表情で俺を見上げた。泣きすぎて濡れた瞳が痛々しい。赤くなった目元は早く冷やさないと、明日腫れてしまうだろう。そういうことを指摘して顔を洗うように急かしたら、なかったことにならないだろうか。

「……メッサー君、それはダメだよ」

けれどそんな俺を戒めるように、死刑宣告に等しい言葉が女神の唇から紡がれた。
わかっています。つい。すみません。
――でも、さすがにはっきりとした拒絶にこの身が悲鳴を上げている。
と、カナメさんの目から、何故だかまたボロボロと涙が零れ始めた。同時に腕を突っ張って、人ひとり分の距離が空く。俺が、馬鹿な事を口走ってしまったせいだろうか。せっかく無遠慮に触れて慰めるだけの信頼を彼女から勝ち得ていたのに、あの一言でそれすらも失ってしまうんだろうか。

「カナ、」
「だってメッサー君、彼女のこと、ダイスキ、なんでしょ……?」
「――は?」

イヤイヤをするように首を振るカナメさんを再び強引に引き寄せて、その発言の真意を悟り、初めて聞く俺の彼女という存在の発生に大きな眩暈を感じたのは、それから十数分後のことだった。





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12/14メッサー君、誕生日おめでとう!