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在りし日の君とその先へ(03) 散歩といってもいったいどこに行けばいいのか。 小さなカナメを腕に抱きかかえてマクロスエリシオンの中を歩きながら、メッサーは早速途方に暮れていた。子供は嫌いじゃない。チャック達の弟妹達には気のせいではなく仲良くできていると思う。けれど彼らは今のカナメより少し年上で兄弟間での関係性がしっかりと確立されているから、メッサーが何か主導権を握る必要はない。けれどカナメは違う。ケイオスのこともワルキューレのことも記憶にない今の彼女は、ただの少女だ。世間一般ではぬいぐるみや玩具の類いが一番いいのではと思える年頃のカナメにとって、この巨大な複合企業の内部はどこが楽しめるポイントになるのか、メッサーには皆目見当もつけられなかった。 そもそも元の彼女のプライベートだって何が好きなのか知らないのだ。推測もなにもない。 あれは?これは?と目につくものを片っ端から聞いてくるカナメに答えながら、メッサーはどうするのが最善か頭を悩ませていた。 思いきり勤務時間内ということもあり、任務中もしくは休憩中の職員とすれ違う頻度も少なくない。が、当初メッサーが懸念していたような好機の目に晒され、質問漬けになるというようなことがなかったのは幸いだった。むしろカナメを抱いたメッサーを見ると、一様に驚いた顔になり、若干遠巻きにされているような気さえする。 (ケイオスにこんな幼児はまず見ないからな) 職員の驚く気持ちもわからないではない。 メッサー自身が他人と必要以上に馴れ合うことをしてこなかったせいも相俟って、それは自然なことのようにメッサーには思えた。ひとまずカナメに害が及ばなければそれでいい。 (……さて。これからどうするか……) カタパルトデッキを眼下に見下ろすガラス張りの廊下に差し掛かる。 このまま当て処なく施設内を歩き回っていても仕方ない。子供の遊べるような場所はないが、幸いケイオスは巨大複合企業だ。子供の遊具を扱っている部門くらいあるんじゃないのか。ワルキューレに関するものと自分の所属する部門しか興味をもっていなかったので、どこにあるのか、本当にあるのかはわからない。当初マネジメントを担当するはずで採用されたカナメに聞けばわかりそうなものだが、あいにく本人がこの状態では無理な話だ。ならばアラドか。彼は今ごろアーネスト艦長と共に打ち合わせだろうか。それともアルファ小隊との合同訓練に赴いている若い部下達の視察か。 「カナメさん、すみません。少し寄るところが――カナメさん?」 いつもの癖で、律儀に報告をしかけたメッサーは、腕の中のカナメが一点を凝視していることに気がついた。視線の先はガラス張りの向こうに広がるラグナの空だ。雲一つない空は、今のこの事態をまるで無視してどこまでも気持ち良く澄み渡っている。 その景色を、カナメは大きな海色の瞳を瞬きもせず、メッサーの首に小さな手を回しながら、食い入るように空を見つめている。 「……何か見えますか。――ああ」 ガラス窓へ近づいてメッサーも空を見上げ、そこに幾つかの機影を認めた。遠目にもわかる戦闘陣形の布陣を敷いて縦横無尽にラグナの空を翔けているのは、アルファ小隊の動きだ。追われているのは二機のヴァルキリー。ヴァイオレットとブルーのカラーリングは見間違いようがない。ミラージュとハヤテだ。後方から放たれたペイント弾を右に旋回してハヤテ機が避ける。 (動作が大きい) 相手の動きを読んで、けれど自身のそれは読まれるなとあれほどいつも言っているというのにまだ甘い。案の定反対方面で待ち構えていた敵影が、嬉々としてペイント弾を降らせていく。 (回避の方法ばかり上達するな……) 模擬戦でも攻撃に主眼を置きたがらないハヤテの性質が、こうして見てもよくわかる。機首を上げ、ぎりぎりの角度で舞うように上昇する背後を、振り切れなかった幾つかのペイント弾がハヤテ機に迫る。あわやという瞬間、太陽の光に反射して上手く機体を眩ましながらやってきたミラージュ機が迎撃した。 (……右翼をかすったな) 実戦なら危うい猛撃に移る二機の動きにメッサーは息を吐いた。まだまだだ。明日は今日のデータを踏まえ、根本的な部分から鍛え直さねば。 「かぁっこいぃ〜……」 頭の中でフライトログと訓練シミュレーションの変更を書き加えていたメッサーの耳に、溜め息のような感嘆の声が聞こえた。 「カナメさん?」 「すごいねえ……」 メッサーの腕からいつの間にか身を乗り出し、カナメはガラス窓に手をペタリと張り付けて呟いている。機影が二人の真下へ急降下する。動きに釣られたカナメがじたばたと降りようとするので、メッサーはカナメを床に下ろしてやった。びたりと音がするほど真剣に張り付き、二機が再び現れるのを今か今かと待つカナメの横にしゃがみこんで、メッサーはその横顔を盗み見た。 眩しいばかりの青空を見るカナメの海色の瞳が、太陽の光を受けてきらきらと不思議な色を反射している。やがて現れたミラージュ機にこぼれんばかりに目を見開き、きゃあ!と歓声を上げぴょこんと跳ねた。 ライブの時は当然自身のパフォーマンスに集中している彼女のことばかり見ていたから、こんな一面は知らなかった。 彼女はいつも、こんなに瞳を煌めかせてフライトを見つめていたのだろうか。自分が飛んでいるときも。 カナメが外を見つめたまま、メッサーの膝に手をかけた。おそらく無意識だろう。視線は二機のヴァルキリーを追うのに必死なまま、じりじりと動く。途中、「ふわっ」や「すごーい!」と黄色い声をあげながら、カナメは立てた両膝に乗せていたメッサーの腕の間に小さな体を潜り込ませた。それから腕に捕まってぴょんこぴょんこと跳ね始める。 「すごい! すごいねえ、めっしゃーくん!」 そんなに高度な技術が必要な回避飛行はしていない。護るデルタ小隊よりも攻撃に先んじるアルファ小隊にじりじりと追い詰められている感すらするくらいだったが、小さなカナメはメッサーの腕の中でご機嫌なようだ。 顔をくすぐるように動く跳ねる髪の毛をなんとなしに顎を乗せて押さえながら、メッサーは微妙にもやもやとした胸のつかえを感じ始めた。 「あっ! ぎゅーんってしてる! すごい!」 カナメが感嘆の声を上げた先では、アルファ小隊の猛撃を振りきろうと、ハヤテが垂直上昇をしていた。追い縋る彼らを空中で静止することで追い抜かせ、それから上向き姿勢のままでバックする。いわゆるテールスライドをするつもりか。 「ぎゅーんってなったー!」 メッサーの予想通り、U字を描いて垂直降下で振り切った動きに、カナメがまた大きな歓声を上げる。インメルマンダンスを得意とするハヤテらしい派手な動きは観客を湧かせるが、当然戦闘向きとは言い難い。けれど、 「かっこいいー……」 恍惚として聞こえる声音で呟かれたカナメの言葉に、胸の奥のわだかまりがついポロリと口を突いた。 「俺も出来ますよ、あれくらい」 メッサーの腕の中で、メッサーの腕を掴んでいるくせに。 まるでこちらを見ないまま空にばかり視線をやっているカナメのつむじに呟いた自分の声は、明らかに平坦で不機嫌に聞こえた。その瞬間にハッとする。 信じられない。自分は今、何を口走った? そもそも近い。距離が近い。幼児の姿をしてるとはいえ、相手はカナメだ。通常触れることさえない相手の頭に顎を乗せるだなんてあり得ない。カナメがあまりにも無防備で、あまりにも不用意に近づいてくるから距離感を忘れてしまったようだ。 慌てて顎を退けようと動いたメッサーとほぼ同時に、カナメがくるんっと振り向いた。あわや顔ごと接触してしまうかと思う距離で、しゃがんだままどうにかバランスを保ったメッサーに、カナメは大きな瞳をぱちくりと瞬かせた。 「めっしゃーくん、ぎゅーんってするの?」 「は? ぎゅーん……テールスライドですか?」 「てーる……? うんとね……? ぎゅーんってね、さっき、あのね……?」 上手く説明出来ないのだろう。先程見た飛行をどうにか言葉にしようと試みるカナメは、両手で小さな握り拳を作って、一生懸命だ。正直可愛い。だいぶ可愛い。そう思ってしまうのはこの姿だから必然なのだと、メッサーは自分自身に言い聞かせた。 (今は子供だ。子供だから仕方ない。一生懸命な子供は可愛い。今は、だから、これは普通だ) 無邪気な子供に対する世間一般の感情だ。 そう思えば、少しだけ目の前のカナメへの警戒が解ける。 カナメは尚も一生懸命小さな体で大きく手を上から下におろし飛行の軌跡をメッサーに伝えようと必死になっている。 「あのね、めっしゃーくん、あのね、お空をぎゅーんぎゅーんぎゅーんってねっ!」 「……できますよ。ぎゅーんって」 「ほんと!?」 その手がカナメの届く一番高みに届いたとき、メッサーは自分の掌を当てた。そのまま掴んで急降下を模してやれば、カナメははち切れんばかりに期待を寄せた顔になった。 「本当です」 頷いて、メッサーは立ち上がった。当然のように手を伸ばしてきたカナメの脇に手を入れて持ち上げる。航空域を変えるのだろう、遠ざかっていく機影を見送りながら歩き始めると、きゃーっとー嬉しそうな悲鳴を上げて笑うカナメがメッサーの肩を掴んだ。 「あのねあのね」 それから秘密話をするかのように、メッサーの耳に唇を寄せる。 「ミラちゃんよりぎゅーんってするのじょうず?」 一瞬誰のことだと考えて、ミラージュだと思い当たった。律儀にフルネームで自己紹介をしたミラージュの名前は、さすがに幼児になった今の記憶力では難しかったとみえる。今見たフライトが彼女達だとわかって言っているかどうかは怪しいが、そういえばとメッサーは思い出した。医務室での自己紹介のとき、ハヤテとミラージュは自分がパイロットだとも告げていた。カナメはそれを覚えているのか。それとも彼女の潜在記憶か。 「……上手ですね」 意識しなければペイント弾を掠めることすら難しいだろうと思うくらいには、まだ歴然とした技術の差がある。その意図で答えたメッサーに、カナメは更にヒソヒソと続けた。 「ハヤテくんよりも?」 「ものすごく上手です。一番です」 今度は何の意図を考える間もなく口が勝手に答えていた。また自分は何を口走った。 ハヤテより上手いのは当然で自慢にもならないとわかっている。センスはあれど技術力は発展途上。誰から見てもわかりきっていることだというのに、カナメに比べられた瞬間、馬鹿馬鹿しい自己主張が顔を出してしまった。 我に反って咳払いで誤魔化してみるが、カナメの大きな瞳はすぐそこでメッサーを映している。何ともいえず居心地が悪い。と、カナメは花をこぼすような笑顔になった。 「すごいねえ! めっしゃーくん、かっこいい!」 「……」 気にしたら負けだ。これは子供の言うことだ。真に受けるな。 「♪めっしゃーくん、めっしゃーくん、ぎゅーんってとぶんだよー」 「……」 「そおよ、めっしゃくん、ぎゅーんってできるー♪」 突然歌い始めたカナメは、とてもご機嫌なようだ。子供の愛らしく、どこか聴いたことのある童謡の懐かしいメロディラインのせいで、行き交う人が微笑ましそうな顔を向ける。いくらメッサーがーしかつめらしい顔をしていようと、幼児の無邪気さで多少は浄化されてしまうものらしい。 けれど何度も名前を連呼されて、メッサーは思わず口を挟んだ。 「あの、カナメさん。それは……」 「めっしゃーくん、かっこいいのうた!」 「…………ありがとうございます」 満面の笑顔を向けられて、他に言いようがない。歌が大好きなのは知っている。子供ながらにやはりカナメの声は良いし、上手いと思う。だが、これは。また別の聴いたことのあるメロディに乗せて「めっしゃーくんめっしゃーくん」と歌い始めたカナメの興味をどうにかして逸らせたくて、メッサーはカナメを連れて行けそうな場所を必死で考える。そうだ。あそこなら。 「カナメさん、ジークフリードを見に行きませんか」 「♪めっしゃーく……ん? じくふりちゃん?」 「ええ。ジーク……じくふり、ちゃん、を」 マキナの使う言葉は、こんなにも幼児に受けが良いのか。恨めしく思いながら復唱すれば、カナメがぱあっと表情を輝かせた。ジークでもフリフリでもこの際もう何でも良くなってくる。 「いく!」 嬉しそうに抱きつかれて、自分の名前が出る歌が止まったことにホットしつつ、メッサーはカナメを抱いて格納庫へと向かうことにしたのだった。 【 ⇒ 】 よくわからないけどカナメさんがちっちゃくなっちゃった! 元に戻るまでメッサー君お世話して! ……な付き合ってないメサカナです。(説明ひどい) |