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在りし日の君とその先へ(04) 「おっきいっ!!」 「気を付けて」 格納庫についた途端、瞳を輝かせて身を乗り出したカナメを下ろせば、何の躊躇いもなくメッサーの手を掴んで走り出す。小さな足での速度はまったくどうということもなかったが、如何せん身長差のせいでメッサーの負担が半端ないことになっている。 「めっしゃーくん、おっきいね! かっこいい! すごいっ!」 けれどそう言って振り返っては感想を伝えてくるカナメの手を振り払えるわけもなく、メッサーは長身をこれでもかと屈めて小さな手に引かれるままに振り回される羽目になってしまう。 艦長通達でカナメの遠縁を預かっているという話は出ているはずだから、少し見せたら戻ります、という事情を説明すべく今日の整備隊長をぐるりと見回し探すメッサーの後ろで、ふと鈴を転がすような声が聞こえた。 「あれぇ? カナカナ?」 振り返れば、ピンクの髪をツインテールに結い上げて、着慣れた作業ツナギに身を包んだマキナが、不思議そうな顔でこちらを見ていた。整備の応援に行くと言っていたので、てっきり演習中のアルファ小隊へ駆り出されたのだとばかり思っていたが違ったようだ。 アイドル然とした愛らしい顔を機械オイルで汚した姿は、どこか誇らしげにも見える。 「マキナ!」 振り返ったカナメに一瞬引っ張られると身構えたメッサーは、けれどもあっさりと手を離して駆け寄る姿に拍子抜けしてしまった。その場に膝をついて出迎えるマキナへ、きゃーっと歓声をあげて飛び込んだカナメは楽しそうだ。抱き止めるマキナと二人で笑い会う姿は、まるで姉妹のようで微笑ましい。というのに、メッサーは何故か胸の奥にもやっとしたものを感じてしまった。 それが形になる前に軽く頭を振って気持ちを変える。伸ばしたままの指先を手のひらに丸めて、メッサーは二人に近づいた。 「やーん! ちっちゃいカナカナきゃわわ〜!」 マキナは元々子供が好きらしい。これでもかと眦を下げてカナメの小さな体を撫で回している。彼女や――そもそも最初からべったり張り付いていた美雲のスケジュールさえ空いていれば、本来こうあるべきだった。不器用な自分といるよりカナメもよほど楽しそうだ。 微笑ましい光景のはずなのに、何故だかまた微妙に後ろ向きな感想を抱いてしまった自分がいる。とても困る。そんなメッサーを知ってか知らずか、マキナがカナメの頭をいいこいいこと撫でながら聞いた。 「ねね、カナカナはメサメサと何して遊んでたのかな?」 「うんとね、じくふりちゃんの、びゅーんっていうのみてたの!」 「ジクフリちゃんの――……ああ! ミラミラとハヤハヤの演習? なるほどね〜。それでメサメサの機体も見たくなっちゃったのかな?」 当たらずとも遠からず。 良く今の説明だけで演習を見たとわかったものだと、メッサーは思わず感心してしまった。普段のカナメなら決して使うことの無い略称と幼児特有の擬音会話に楽しそうに相槌を打っているマキナに、カナメはふっくらした頬を上気させて一生懸命説明を続けているようだ。両手を勢いよく上にあげ、 「びゅーん!ってなっててね、かっこよかったの!」 興奮冷めやらないらしい。 単純に可愛いその言動に、周囲で遠巻きに見ている整備員たちからも微笑ましい空気が伝わってくるくらいだ。 「そっかそっかー。ジクフリちゃんきゃわわだもんねえ」 「うん! あのね、めっしゃーくん、いちばんじょうずにびゅーんってできるんだよ。かぁっこいいんだよ」 「ちょ、カナメさ」 「へえぇぇぇ〜?」 しまった。カナメの舌っ足らずな愛らしさに油断した。 両手を今度は頬に当て「めっしゃーくん、すごいねえ」などと言い出すカナメに慌てるが遅い。マキナがにっこりと完璧な笑顔でカナメに微笑む。 「そっかそっかあ。メサメサかっこいいんだねえ」 「うん!めっしゃーくん、いちばんかっこいいの!」 「だって。良かったねえ、メサメサ?」 やめろ。子供の言う事を真に受けてこっちに振るな。 絶対にわざとだとわかる笑顔で見上げてくるマキナを遠慮なく険呑な視線で見下ろすが、全く気にされないのはいつものことで、今回ばかりは分が悪い。 ここはさっさとジークフリードを適当に見せて、食堂に連れて行き、散歩を終わらせるのが得策だ。 「カナメさん、そろそろ――」 「ねえ、メサメサ」 声を掛けたメッサーを、マキナが不意に真剣な口調で呼んだ。カナメの頭を撫でながら、難しそうに形の良い眉を寄せて見せる。その様子に、メッサーはハッとした。まさかカナメに何か問題が発生したのか。 すぐさまカナメの側に片膝をつけて覗き込む。 「でもさすがに今のカナカナで、同乗のフライト許可は無理だと思うな。そっちはカナカナが大きくなってからの約束にしとかない?」 「――は?」 思わず聞き返してしまった。 けれどマキナは聞こえよがしに「や・く・そ・く」と繰り返すだけだ。からかわれたのだと理解して、メッサーは今度こそ本当にムッと眉間の皺を増やした。こんな状況でカナメをダシに使うなど、悪ふざけが過ぎている。メッサーは苛立たしげに息を吐いた。 「別に、そういうつもりで来たわけじゃない。単にジークフリードを近くで見せ――いや、待て。そもそも俺はカナメさんを乗せる約束など」 「そうだ! カナカナ〜、コックピットに一緒に座るだけなら大丈夫だよ。メサメサとジクフリちゃんに乗りたくないかなー!?」 「ちょっ、待――」 「のりたい!」 マキナの意図に気づいた時には、時すでに遅し。 止める間もなく、期待に満ちた声が格納庫の高い天井に届かんばかりに響いてしまった。整備員たちの暖かな微笑が、またそこかしこから漏れ聞こえてくる。聞き方がずるかた、どこからどう聞いても、子供を体よく煽っていた。ただでさえ、カナメはドッグファイトに思いの外見入っていたのに、今のではもう「乗りたい」の一択しかないではないか。 カナメのさもありなんな返事を受けて、マキナは蕩けるような笑顔を見せた。彼女のファンなら垂涎モノだろうが、メッサーには悪魔の高笑いにしか見えない。 メッサーはカナメの後ろで、とんでもないとばかりに頭を振った。 任務中に作戦で後部座席に招き入れるのとはわけが違う。航空祭用のデモ機でもない。メッサーの愛機は敵を幾度となく撃ち落とし、そしてこれからも撃ち落としていく戦闘機だ。承知の上でならまだしも、今のカナメでは理解もおろか、一人で乗ることだって叶わないのだ。そうなれば、どうせメッサーが抱きかかえて乗ってやれとでも言うつもりだ。勘弁してくれ。 「よーっし! じゃあ、メサメサにちゃんとお願いしようね〜」 けれど悪魔の手は緩まなかった。 マキナの甘言でカナメがくるりと振り返る。そのままメッサーの胸にぎゅっとしがみついてくる。しまった。立ち上がるのが遅すぎた。制服のジャケットを掴むカナメの小さな手に力が篭もったのがわかる。 だが駄目だ。ここで絆されてなるものか。 「カナメさん」 心を鬼にして薄い肩に手を掛ける。と、カナメはおずおずと顔を上げ、メッサーを見つめてきた。 不安を隠しもしない大きな海色の瞳が、眉間を寄せたメッサーの表情を映している。その青に、風で水面が揺れるように、やわやわと膜が張り出してきた。瞬き一つで零れそうになっている。 カナメはじっとメッサーを見つめ、それから小さな唇を開いた。 「おねがい、めっしゃーくん。……ダメ?」 「問題ありません。乗れます。乗りましょう。さあどうぞ、しっかりつかまって」 軽く広げた腕の中に、カナメは満面の笑顔になって全身全霊で飛び込んでくる。 ついさっき、マキナに飛びついたよりも嬉しそうな顔ではないか。少なくともメッサーにはそう見えた。抱き上げ、腕に抱えて、メッサーは素早く腰を上げた。 無理だ。こんな天使のような幼女の頼みを無碍に出来る人間がいるのか。仕方ない。 「……メサメサ。きゃわわすぎでしょ」 カナメを抱いて愛機へと真っ直ぐ向かう背中へ、さすがのマキナも若干呆然気味にそう呟く。格納庫にいた整備員の全員が同じ顔をして頷いていたのを、メッサーは全く気付かなかった。 【 ⇒ 】 よくわからないけどカナメさんがちっちゃくなっちゃった! 元に戻るまでメッサー君お世話して! ……な付き合ってないメサカナです。(説明ひどい) |