在りし日の君とその先へ(05)




 つかれた。ものすごく疲れた。
 カナメの親戚ということで話が通っているからか、幼女に翻弄される死神を、揶揄半分、微笑み半分といった表情で仲間の整備員達から近からず遠からず見つめられている状況に。
 それに気づいたのがVF-31Fのコックピットでカナメを膝に抱えて乗った後だったのも最悪だった。いつも程好く技術屋としての会話だけに収めてくれる整備員達に、興奮したカナメがいかに「めっしゃーくんがかっこいい」かを力説しはじめるのを慌てて止めに入っても後の祭りだ。やたらとニヤニヤした彼らに「死神様〜。青田刈りもそこそこにな〜」だの「大きな方のカナメさんにバレるなよ」だのと、わけのわからない言葉を掛けられるという負の連鎖は、メッサーを精神的に疲労困憊させ、どうにかこうにかカナメを夕食に連れ出すまで続いたのだった。

「お待たせしました」

 片手に一つずつ持っていたトレーをカナメの前に置く。
 社員食堂は夕食のピークを過ぎているため、人はまばらで落ち着いていた。

「めっしゃーくん、おかえりなさい!」
「……ただいま、戻りました」

 それでも死神と少女という組み合わせの妙に、ちらほらと遠慮がちな視線を感じる。すっかり気を許しきった笑顔でふにゃりと迎えてくれる小さなカナメに、メッサーもつい微笑で答えかけ、ふと顔を引き締める。周囲が一瞬ざわめいたような気がしたがいちいち気にしていても仕方ない。
 今はただ、小さなカナメに食事を取らせ、おかしな輩に目をつけられないよう守ることが任務なのだと自分に言い聞かせ、メッサーは今しがた目の前に置いたトレーに視線を戻した。

「たまごさん?」
「オムライスです」

 アラドが言っていたとおり話のついていた食堂スタッフから渡されたカナメの夕食は、オムライスになっていた。これなら小さな子供でもスプーンで食べられるからだろう。上にはご丁寧にケチャップでケイオスマーク、それにワルキューレのシンボルマークが描かれた小さなフラッグまで刺さっているのは、完全にキッチンスタッフの厚意だ。
 小さな子供だからというだけではなく、ワルキューレのリーダー、カナメ・バッカニアの遠戚だということでの好意的な温かさを感じる。
 頼んでもいないのに出てきたメッサー用の夕食は同じオムライス――とはいえ大きさは二倍ほど違ったが――だというのに、ケチャップは単に波形を描いているだけで旗もない。

「カナメさん」

 スプーンを渡そうとして、メッサーははたと気がついた。

「……一人で食べられますか?」
「ん? カナメ、たべられるよ?」

 メッサーの質問に、スプーンを受け取ろうと手を伸ばしていたカナメがきょとんと首を傾げる。
 いや、無理だろう。
 スプーンですくって口に運ぶという技術的な問題ではない。子供の背丈にまるで合ってない食堂のパイプ椅子と、テーブルの位置関係的に物理的に無理なのだ。置かれたオムライスと頭の位置がほぼ一緒だ。顔を頑張って上向けて、ようやく位置を確認できるといったところだ。

「できるよ。あのね」

 それでもスプーンを受け取ったカナメは、果敢にもオムライスへと手を伸ばす。そこでようやく気づいたらしい。一瞬椅子の上に立ち上がろうとしかけて思い止まる。メッサーは行儀がいいなと思ってしまった。自分がこのくらいの頃なら、おそらく立ち上がって手掴みも辞さない構えだった。
 カナメはもう一度オムライスへと手を伸ばす。

「んっ――……、め、めっしゃーく、あのね、たまごさん、カナメね……」

 オムライスに届かないスプーンをぎゅっと握って、カナメがメッサーを見上げてきた。きれいな青い瞳には、今にも溢れそうなほど涙が浮かんでいる。不安でいっぱいな気持ちが痛いほど伝わってきて、メッサーはカナメのトレーを自分の方へ引き寄せた。

「た、たべられるよ……!」
「はい。ですからこちらへ」

 それからひょいとカナメを抱きかかえ、自分の膝へと座らせる。
 食べさせるのは簡単だが、それでは逆に彼女を傷つけると思っての行動だった。またぞろざわめく周囲の雑音は無視しているので気にならない。それよりも視界の開けたカナメが、嬉しそうにオムライスを食べ始めたことにホッとする。

「おいしいねえ、めっしゃーくん」
「それは良かったです」

 ずらして置いた自分のトレーを口に運びながら、メッサーはカナメの様子を確認した。オムライスを完食したらしいカナメは、ゆったりとメッサーに凭れながら御満悦のようだ。口元にケチャップがついている。それを指の端で拭ってやると、カナメはくすぐったそうに肩を揺らした。
 食べ終わったのなら降りたいだろうかと思ったが、イヤイヤをするのでカナメを膝に乗せたまま、メッサーは自分の分をかきこんでいく。と、カナメがオムライスに刺さっていた旗を手に取った。

「……かわいい」
「ワルキューレのマークですか?」
「わりゅ、ゆーれ?」

 呟きに答えると、カナメはたどたどしい発音でメッサーを見上げた。ああ、そうか、と今更ながらに思い出す。今のカナメは、ワルキューレの記憶がないのだ。ケイオスに入る前、アイドルだった時よりも幼い時間までリセットされているのだから当然だ。
 けれどあれだけ心血を注いでいるワルキューレまで覚えていない彼女に、そこはかとない寂しさを感じてしまう。別にカナメが悪いわけではないのだから、そう思うこと自体身勝手に思えて、メッサーは内心で自分を叱咤する。

「……ケイオスの戦術的音楽ユニット――ええと、歌でみんなを助けている人達です」
「うた?」

 膝の上でメッサーの話を真剣に聞く今のカナメはもちろん可愛い。
 美雲になつき、アラドに照れながらも自分と一緒に留守番することを選んでくれたことも、記憶を失ってなおメッサーの名前を覚えてくれたことも、正直にいえば嬉しかった。今はそれでいいと思おう。
 本来のカナメとこんな距離で話をすることは、たぶんこの先一生ないのだ。
 この小さなカナメは、メッサーのことをお気に入りの大きなお兄ちゃんくらいに思っているに違いない。大好きな「みくも」の二番手だなんて大変な栄誉をあずかったものだ。

「はい。たくさん練習をして、頑張って、大勢の人を救ってくれています」
「かっこいいねえ」
「……そう、ですね」

 かっこいいのはあなたですが。
 そう内心で付け足して、メッサーは小さなカナメに同意してみせた。
 ここに来るまでどれだけ努力を重ねたことか。一度夢破れた後も腐らなかった彼女が自らの力で勝ち得たステージは、いつだってメッサーに響き、救ってくれた。そうやって彼女は、その前も、後も、大勢の人を歌の力で救っているのだ。

(あなたは何も知らないでしょうが、俺はあなたに何度も何度も救われている)

 アルブヘイムのあの時以降も、落ち込んだとき、腐ってしまいそうになったとき、どうしようもない絶望で心が千切れてしまいそうな発作に襲われたとき――……
 幾度となくやってくるそれをカナメの歌が、努力を続けるひたむきな姿が、自分に向けられる笑顔や言葉が、何度救ってくれているか。
 だからというわけではないが、メッサーはカナメをいかなる時でも護ると勝手に決めている。救われたこの命を何の為にというのなら、この先もどこかで発症し苦しむだろうヴァール患者を助ける一助であるカナメの為にこそ使う。というのは表面上の理由にすぎず、正面切っていうなら単に自分がカナメを護りたい。
 カナメが安心して歌えるように、笑っていられるように、生きていてくれるように。
 いつからかそこに自分勝手な感情が差し挟まれてしまっているが、負担になるだろうこんな想いを伝えるつもりはさらさらなかった。
 カナメが、そこにいてくれさえすればそれでいい。

「めっしゃーくん」
「――」

 オムライスにスプーンを刺したままで思考に囚われていたメッサーは、小さなカナメから制服の袖を引かれて我に返った。そうだ。今はカナメへワルキューレの説明をしていたのだった。次はどこからだったか。
 と、カナメがメッサーの袖を引いたままでちょこんと首を傾げた。

「めっしゃーくん、わりゅゆーれ、すき?」
「……は? ええ、まあ、そうですね」

 突然の質問に面食らったが、そこは嘘を吐く必要もない。
 自分の所属する小隊が編成を組んで護衛にあたるチームを嫌っているというのもおかしな話だ。カナメの歌が最高にいいとは思っているが、ワルキューレのナンバー自体も嫌いではない。耳がカナメのパートだけを無意識に抜き取ってしまうのとは別に、曲全体もあらゆる状況に富んでいて好ましいと思っている。
 正直に答えると、カナメは「そっかあ」と呟いた。メッサーの膝の上でプラプラと足を遊ばせて、それからぴたりと動きを止める。

「……カナメもなる」
「え?」
「カナメも、わりゅゆーれ、なる」

 小さな小さな宣言だった。まるで子供の『将来の夢』のようだ。
 いや、今のカナメにしてみれば、モニターの中できらびやかな衣装を纏い、歌い踊るワルキューレはおそらくアイドルそのものだろう。幼い頃アイドルに憧れ、その世界に足を踏み入れた本人がそのまま子供になっているのだから、さもありなんと言えなくもない。
だがなるもなにも、カナメはそのワルキューレの結成メンバーでリーダーだ。
 医療チームの見立てが正しければ、おそらく後数時間で望みどおりワルキューレになれるだろう。
 馬鹿真面目にそんなことを考えてしまってから、メッサーは今のカナメに掛ける言葉を探した。そうですか、が第一候補だが、なれますよ、でもいいかもしれない。なぜですか、もありだろうが、それだとアイドルという通常難しい道に進みたい子供を現実に戻す小うるさい父親のように聞こえてしまうかもしれないから最終候補だ。どの答えがカナメを笑顔にできるだろう。
 自分が子供の頃、何を言われて嬉しかったかまで遡って考えていると、カナメから先に「あのね」と小さな声が聞こえてきた。

「めっしゃーくんのいたいの、わりゅゆーれなら、なおせるんでしょう?」
「え」

 メッサーの膝の上で、もじもじと小さな指先を合わせるカナメが、ワルキューレのフラッグをくるくると回していた。思わず耳を疑ってしまう。ワルキューレになりたいと言ったカナメの理由が、まさか、そんな――

「カナメね、うたもだいすき! それでね、いっしょうけんめいれんしゅうしてね、めっしゃーくんのいたいのカナメがなおしてあげたら、めっしゃーくん、カナメのこともだいすきでしょう?」
「――――」

 なんだもう。勘弁してくれ。なんなんだ。

「ふわぁっ!?」

 高い声で驚く小さなカナメを、メッサーは思わず抱き締めていた。
 何も覚えていないくせに。何も知らないはずなのに何故。
 どうしてあなたは、何度も何度も俺を救ってくれるんだ。
 子供は子供らしく、キラキラした夢だけ見ていればいいのに。
 思わず目の奥が痛いような熱を帯びる。
 腕の中でカナメがもぞもぞと小さな身体を動かした。

「めっしゃーくん……? いたいいたいの、またなった?」

 その手が再びメッサーの眉の切れ目に伸ばされる。
 心配そうに見上げてくる綺麗な海色の瞳が綺麗だと思った。何もかも忘れているくせに、無自覚にメッサーの心に差し出してくれる手を取って、自分の唇に祈るように口付を送る。
 小さな手だ。たおやかに指を折り、両手で作ったピースサインを裏返しで重ね、ダブルマークを見せるには足りない。
 
 けれど、大切だ。

 大切で愛しくてどうしようもない。

「痛くありません。あなたがいてくれるから」
「カナメがいるから?」
「はい。あなたがいるから」
「……えへへ。よかった――、あ!」

 メッサーに抱き締められながら嬉しそうにはにかんだカナメが、不意に思い出したかのようにまたメッサーの腕の中で身体をぐるんと反転させた。子供らしい突発的な動きに慌てて膝から落とさないように支えると、カナメはテーブルに向き直るや否や、皿にぐんと腕を伸ばした。それからオムライスに刺さったままだったメッサーのスプーンを取って、中途半端になっていたそれを大きく切り取る。

「めっしゃーくん、のこすのメッだよ! はい、あーん」
「……」

 突然大人びた口調でスプーンを差し出すカナメに面食らいながら、容赦なくぐいぐいと押し付けられてメッサーは観念して口を開いた。がっつりと奥まで入れられそうになり慌てて首を後ろに引く。料理だけを舌と唇で奪い取ると、カナメは満足したようだ。
 ふふ、と笑う様子は見覚えがある。ああ、そうだ。任務の後に自主的な居残りでフライトログを書いていたメッサーが肩を叩かれ、振り返った口にクッキーを放り込んだカナメが、成功したと笑った顔に良く似ている。悪戯が成功したような、それでいてちょっとはにかんだような笑顔だった。

「めっしゃーくん、おいしい?」
「……うまい、です」
「はい、じゃあつぎ、あーん」
「自分で食べられま」
「あーん、して?」
「…………あー……」

 これはなんのプレイだ。完全に食堂の視線が痛い。
 膝に乗せた幼女にオムライスを食べさせてもらう成人男性の図は、休日のアミューズメントパークか、ファミリー向けのオープンカフェでこそなされるべきだ。少なくとも巨大複合企業の夕食時間を過ぎた食堂では浮く。確実に浮く。ものすごく浮く。
 けれどどうしてか、にこにこと満面の笑みで差し出してくるカナメを前に、はっきりと拒絶できない自分がいる。更に問題なのは、小さなカナメに聞かれて答えたとおり、自分で食べるよりも何故か美味い気がしてしまうことだ。
あの時のクッキーもそうだった。市販のものだったので、後日隊の差し入れついでに自分用にも買ってみたのだが、あの夜とは微妙に味が違って感じた。
 参った。本当に。オムライスを必要以上に美味くしてくれなくてもいい。

「あとちょっとだよ、めっしゃーくん!」
「……はい」

 カナメが小さな姿で本当に良かったとメッサーは思った。
 にこにこと差し出されるスプーンに口を開けた姿を見られても、おかしな噂がたつこともない。多少頬が緩んでいても、不可抗力で許される。
 嬉しそうに次々と掬っては口に運んでくれる小さな女神にされるままになりながら、メッサーはオムライスを完食するまで「仕方ない」と心の中で繰り返していた。






                                    【 ⇒ 】

よくわからないけどカナメさんがちっちゃくなっちゃった!
元に戻るまでメッサー君お世話して!
……な付き合ってないメサカナです。(説明ひどい)