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ねえ、今夜からはじめましょう。(04) 今夜少しだけ時間がほしいとカナメがメッサーに呼び止められたのは、反省会を兼ねたミーティングが終わった直後だった。まだ詰めの調整の為にアラドはいるし、何をするでもないがそんなアラドの傍には美雲がふらふらと居残っている。そんな状況で、メッサーから関係を匂わせるような言葉を掛けられたのは初めてだった。 嬉しさよりも先に驚いて、思わず二人を振り返る。 アラドは一瞬ちらりとこちらを見た気がしたが、完全に聞こえなかったふりをしてくれるつもりらしい。わざとらしく美雲を呼んで終わったばかりのライブの感想を話し始めてくれている。が、美雲の方はといえば、あからさまに興味津々な視線をこちらに向けてくるではないか。その顔を何度もたしなめるように自分に向け直そうと苦心してくれているアラドには非常に申し訳ないし、何だか無性に恥ずかしい。 居心地の悪いままメッサーに顔を戻すと、思っていた以上の鉄面皮がそこにいて、カナメは少し驚いた。 「え、ええと、……今夜?」 「はい。予定があるのなら本当に少し。お時間はそんなにいただきません」 「え? あ、だ、大丈夫! 予定はないの! 大丈夫!」 カナメは思わず音が鳴りそうなほどぶんぶんと頭を横に振った。予定があったとしても断る。メッサーの表情の硬さが少し気になるところだが、ギャラリーがいるせいだろうか。それよりも彼の後ろで妖艶な微笑を浮かべ、親指を悪戯に立てて見せてくる美雲が気になって仕方がない。今はやめてと心の中で懇願しつつ、何かを察したらしいアラドが片眉を上げているのが更に心臓に悪かった。 「ありがとうございます。では後程デバイスへ送らせていただきます」 カナメの戸惑いを知らないメッサーは、そういって申し訳なさそうに頭を下げた。その態度がやはり少し気にかかる。見られているせいだけにしては、やけに距離を置かれたような気がするのは考えすぎだろうか。 そのまま踵を返してしまいそうなメッサーの腕を、カナメは思わず引いた。 「あ、ねえメッサー君。夕食はどう――」 「済ませてからで大丈夫です。寮までお送りしますから、話の後でもかまいませんが」 「え――」 どうされますか、と問う声はまるで業務連絡のそれに近い。むしろそれより硬い響きがしてカナメは咄嗟に言葉が出なくなってしまった。誘われたと思っていたが、なんだか拒絶されているみたいだ。少なくとも一緒に食事をするつもりはないという意思表示だけは間違いようがない。 けれど掴んだ腕をさり気無く解かせたメッサーの手つきは優しかった。離す瞬間、確かめるように指先を包む動きはいつものメッサーだ。 「ええと、じゃあ、あの……食べてすぐ行くね。いつものところ?」 「…………取っておきます」 また少し間が合って、メッサーはそう言ってくれた。良かった。伝わった。 メッサーとの関係は別に誰に隠しているわけではない。ワルキューレであるカナメがゴシップの主役になるようなことは活動の内容からいっても褒められたものではないが、特定の相手との恋愛が問題になることはないのだ。 あまり大っぴらにしたくなさそうなのはカナメよりもメッサーの方だとずっと思っていた。メッサーが人前でカナメを特別視した態度をとることは限りなくゼロに近い。勿論バディを組む関係上、他のメンバーよりは近い位置にあるにはあるが、例えばフレイアとハヤテのように、ふとした瞬間に頬を赤らめるような微笑ましい態度はされたことがなかった。別にそれ自体に不満を感じたことはなかったが、その分二人きりで過ごす夜にはあまりに大切に甘やかされて、それでも彼だけ余裕のありそうな行為の名残に、不安に思わないといえば嘘になる。 だが、今夜の誘いをここでしてくれたということは、約束の場所を伝えても悪くはなかったはずだ。 今度こそ「お先に失礼します」と言ったメッサーが出て行くのを見送って、カナメはホッと胸を撫で下ろした。 「良かったわね、カナメ」 「美雲」 ドアが閉まったと思ったら、途端に足音もなく忍び寄った美雲の腕がするりと背後からカナメの前に回された。 「あれは結構うまくいったんじゃなくて?」 「……そう思う?」 「ものすごくお堅い顔をしてたもの」 「そ、そうよね!」 美雲の言葉に、今し方そこにいたメッサーを思い出してカナメは頷いた。確かに雑誌には書いてあった。『襲う直前は彼の態度がいつもと違う』だの『何かに耐えるような顔になっていた』だのというものだ。メッサーのあれがそういう類に入るのかは少し自信はなかったが、いつもと違っていたのは確かだと思う。 「…………そこ、悪巧みしました?」 背中に美雲を張り付けながら、ふむ、と気を取り直していると、アラドが困惑気味な顔をして、ログを見つめていた手を止めた。どこから取り出したのかいつものスルメを咥えつつ、上下に揺らすようにしてこちらを見ている。 悪巧みとは。 「人聞きが悪いわね。ガールズトークに突然割り込むなんて無粋よ、アラド」 「美雲さん、あなたが主犯ですか」 「共同戦線――ね、カナメ」 「え? あ、はい」 ぴとりと身体を寄せる美雲に促され首肯すれば、アラドは微妙な苦笑を乗せて眉を下げた。共同戦線。確かにそうだ。美雲の言葉は間違っていない。 あの日提案された『メッサーをその気にさせる作戦』は単純だった。曰く、彼と二人になる時間を極力避ける。できれば一月関係を絶つのが統計的にいいらしい――とは、例の雑誌に出ていたグラフによる。 同じ職場で、ではどうするかと問われれば方法はいたって単純だ。誘いを断り続ければいい。 これは比較的簡単だった。日常的にメッサーからの直接的な誘いより、カナメが食事に誘っている頻度の方が圧倒的に高いからだ。その流れで休暇の予定をすり合わせたり、デートの約束を取り付けていたのだから、カナメから動くのを止めさえすればいい。そうしてみると少しだけメッサーがカナメの予定を聞いてくれることがあったが、ここで応じればいつものデートで終わりそうな気がして、カナメは心を鬼にしたのだ。 (うーん……でも何だか……) けれど、そうですか、とまるで確認作業のような態度で去っていくメッサーに、想いを募らせていたのは自分ばかりだったような気もする。そうして時間が経てば経つほど、メッサーの態度が気になって、カナメばかりが挙動不審になってしまった。目を合わせればついポロッと夕食に誘いたくなってしまうから、出来るだけ合わせないようにする努力が必要になるのは予想外だった。何せつい目で追ってしまうのだから。 今日だって本当はフラついた自分に一番に気づいて抱き留めてくれたメッサーに、感謝のハグをしたかった。抱き付いて「メッサー君」と呼びたかった。ここ数週間直接触れ合っていないだけなのに、隊服の上から感じる筋肉の厚みが嬉しくて、メッサーが戸惑うことがわかっていても充電したかったのに我慢したのは、全て作戦成功の為だ。 今日まで良く頑張ったと内心で自分を褒めているカナメを前に、アラドが何とも言えない顔をした。 「詳しくは聞きませんけど、あれ、結構キてませんかね」 「それが狙いよ」 「まあ俺ならいいんですけどね。いいんですけど、あいつほら、結構アレじゃないですか。……あなた達の狙う地点の斜め方向にいっていたら軌道修正骨が折れるんじゃないですかね」 「はあ……。ええと、それはどういう……?」 アラドにしては珍しく、歯にものが挟まったような言い方だ。 きょとんと目を瞬かせたカナメに、アラドははっきりと苦笑してみせた。 「年寄りの戯言です。気にせんでください。まあ二日間休暇ありますし。そうそう、メッサーに、もしなんだったら午後も半休取っていいぞと伝えてやってくれませんかね」 「はい……?」 やはりアラドの言っている意味がよくわからない。とりあえずの伝言には頷いたカナメは、突然首筋にチリッと走った痛みに驚いた。 「きゃっ――み、美雲?」 慌てて後ろを振り返ろうとしても、背後から腕を回した美雲に顎を反らせるように掴まえられて動きにくい。長い髪が剥き出しの肌に触れている。首筋に吸い付かれたのだとはわかったが、理由がまったく掴めなかった。 「まってまって。何? どうしたの? 美雲?」 「こらこら。美雲さん! それはマズイですって、ちょっと! ほら、離れて」 アラドにはわかったのだろうか。少しだけ慌てたようにカナメ達の傍に来たアラドが、後ろから美雲を引き離してくれた。ちろりと唇を舌で舐め取った美雲は、けれどまるで意に介していないようだ。妖艶な表情で悪戯っぽく目を細める。 「――最後の仕上げよ」 「あ〜……俺は今心の底からメッサーに同情していますね」 「……はい?」 掴めない者同士、どこか通じるものがあるのかもしれない。 片手で顔を覆い呻くようなアラドに腕を捕まえられながら、美雲は実に楽しそうだ。カナメにひらひらと手を振って見せる。 「カナメ。頑張りなさい」 「いろいろ……まあ、気をつけて」 「はい……? あの、お疲れ様でした……?」 対照的な二人の表情と言葉に見送られて、カナメはブリーフィングルームを後にした。結局何がどうだったんだろう。アラドの言葉も美雲の仕上げの意味もよくわからないまま廊下を行きながら、カナメは小首を傾げた。 ふと胸に抱えたデバイスが震える。 届いたメッセージに、カナメは思わず足を止めた。 『取れました。21時以降でしたらいつでも。カナメさんの都合の良い時間でお願いします。申し訳ありません』 三週間ぶりの見慣れた懐かしい室内の光景が脳裏に浮かんで、心臓がバクバクと鳴り始める。メッサーは、もう向かっているのだろうか。話がしたいと言っていた。話――明日が休みだから、ゆっくりいられるときっとわかっての誘いだと思う。夕食を食べる時間が惜しい気もするが、ライブの後だ。無自覚でも身体はエネルギーを消費している。もしも本当にそうなるとして、大事な場面で腹が鳴ってはムードもきっと台無しになる。軽くでも何かちゃんと入れてから行こう。 それから、そうだ。ライブの後にシャワーは浴びたがブリーフィングがすぐだったから、そんなに念入りにはしていない。だから。 「……も、もう一回シャワー浴びてからにしようかなっ! うん!」 まずはシャワーで汗を流して。着いたら最初に何から話そう。 まるで初めてのデートに向かう気持ちで高まってきた胸をデバイスで抑えながら、カナメはシャワールームへと足早に向かったのだった。 ***** 【 ⇒ 】 生存ifで付き合ってるメサカナ。 メッサー君に優しくされ過ぎて、むしろ自分では物足りないのではと不安に思ってしまったカナメさんが色々考えてやらかすお話。 タグはつけていませんがそこはかとなくカナクモ&アラクモ。( |