Just Keep on Walking.



                                      【←】


 その瞬間をこんなにはっきり覚えているのに、真実がわからないのがもどかしい。
 爆風で貫かれた一面は、見渡す限り生き物の気配はまるでなかった。
 いや、嘘だ。
 遠くではエルヴィンが、リヴァイが、戦っている。
 ジャンやアルミンや――そうだ、ライナーは。鎧の巨人はどうなったんだ。それに超大型巨人も。

「……んな……」

 無意識にハンジの口が言葉にならない言葉を紡いだ。
 背中を押されたはずの衝撃は、落下による衝撃に上書きされて体中が痛い。頭も少し打ったようだし、左目もやられた。けれど肉体的な消耗ではなくふらりと反対の方へ足が向き掛け、理性がその足を踏み留めた。

(いない。誰も。――彼も)

 例えば瓦礫をかき分け肉片の一部を見つけたとして、マントの切れ端を見つけたとして、それがどうなる。どうにもならない。どうにもならないとわかっているのに、無駄なことをしてしまいそうだ。走り出して、無駄なガスの消耗をして、泣き叫んで、地団太を踏んで。


『後悔はします』


 モブリットの声が、まざまざと耳の奥に甦って、ハンジはぐっと奥歯を噛んだ。
 そうだ。後悔はする。いつもしていた。今も。
 どうしてあの時、この状況を予想しなかったのか。ライナーのいる場所に向かうのが先決事項だとして、ベルトルトの姿が見えた時に決断は出来なかったのか。今にして思えばいくらでも可能性を模索できる位置で、浮かぶ後悔は山のようだ。


『声も顔も、最後に交わした言葉や表情が焼き付いて離れない』


 離れない。無理だ。かつてない強さで乱暴に押された背中はズキズキと痛い。激しい衝撃に驚き、けれども確実にそれをした人物を振り返った。そこには、果たして、彼がいた。


『とてもじゃないけど受け入れられない。正気を保っていられるかも怪しい』


 もう実はとっくに正気ではないのかもしれない。こんな場面で、声が木霊のように頭の中に響いているのだから。
 ――それでも。

 振り返った先で、ハンジはモブリットと目が合った。
 目映い閃光に目を奪われるでも、絶望に喚き散らすでもなく、彼はただハンジだけをしっかりと見ていた。
 思えば彼はいつもハンジを見ていた。ハンジが巨人に目を奪われ、実験の成果に我を忘れて叫喚している時でも、互いに負傷し誰も彼もが自分の傷で精一杯の状況でも、それに今日――突然の急展開に思わず空を見上げベルトルトの行方に意識を持って行かれていた時も――

 ハンジさん、と叫ばれた名前に返事を返す機会は失われた。


『あなたを見ています』


 本当に有言実行しやがった、と毒づきたい気分でハンジは立体機動のトリガーに指をかけた。
 大丈夫だ。痺れてはいない。いける、と確信して、ガスを噴かす。
 誰もが何が起こるかわからなかった。なのに、彼はハンジをそこから遠ざけた。なんなんだ。まったく。普段は何を考えているのかよくわからない顔をしているくせに。優秀すぎるだろう、お前。
 バカか。バカだろ。バカ。バーカ。バーーーーーカ。

(ゆるっゆるな口約束守りやがって)

 理想の約束を先に守られてしまったら、ハンジが違えることなど出来るわけがない。
 ゴーグルを失った視界では風景すら色褪せて、遠い未来を見ることは出来なくなってしまったけれど、最善を尽くすことはまだ出来る。しなければいけない。
 まずは状況把握、理解、それから自分になすべきことを。
 アンカーを射出しワイヤーに体重を踊らせる瞬間、押された背中が鈍く熱く疼いた気がした。


『どうか、前へ』


 ――わかっている。

 ハンジはひたりと前を見据えて大地を蹴った。


                                      【END】


84話があまりにもモブハンだってので、思わずパテ職人になってしまいたくて仕方なくなりました…もぶぅはん……